コラム

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2026.09.11

SAKURA法律事務所コラム 第4回 「お客様だから仕方がない」は終わる?――10月1日からカスハラ対策が企業の義務に

弁護士

中村 和典

「お客様なので、多少のことは我慢しなければならない」

接客の現場では、長い間、このような考え方が少なからず存在してきました。

もちろん、商品やサービスに問題があれば、顧客から厳しい意見を受けることもあります。クレームは、企業にとってサービスを改善するきっかけにもなります。

しかし、だからといって、従業員が暴言や脅迫、長時間の拘束、執拗な要求まで耐えなければならないわけではありません。

こうした状況を受け、労働施策総合推進法が改正され、2026年10月1日から、企業によるカスタマーハラスメント対策が法的義務となります。

では、企業には具体的に何が求められるのでしょうか。

1 そもそも、どこからが「カスハラ」なのか

改正法では、職場におけるカスタマーハラスメントについて、大きく次の三つの要素を定めています。

  • ①顧客や取引先など「顧客等」の言動であること
  • ②その言動が、業務の性質その他の事情に照らして、社会通念上許容される範囲を超えていること
  • ③それによって、従業員の就業環境が害されること

典型的には、暴行、脅迫、侮辱・暴言、土下座の強要、長時間の居座り、同じ要求の執拗な繰り返し、契約内容を大幅に超えるサービスの要求などが考えられます。

重要なのは、「要求の内容自体が正当でも、要求の『方法』が行き過ぎていればカスハラになり得る」という点です。

例えば、「購入した商品に欠陥があるので交換してほしい」という要求自体は正当でも、そのために店員を長時間拘束したり、人格を否定する暴言を繰り返したりすれば、別の問題となります。

一方で、当然ながら「クレーム=カスハラ」ではありません。

企業側の商品やサービスに問題がある場合の正当な苦情や、社会通念上許容される方法による申入れまで排除することはできません。

企業に求められるのは、顧客に厳しく対応することではなく、正当な苦情には真摯に向き合いつつ、従業員の尊厳や安全を侵害する行為には組織として線を引くことです。

2 対象となるのは「お店のお客様」だけではない

「カスタマーハラスメント」という言葉から、小売店や飲食店などを想像する方も多いかもしれません。

しかし、法律上の「顧客等」はより広く、サービス利用者だけでなく、取引先の担当者や契約交渉の相手方なども含まれ得ます。

そのため、BtoB企業だからカスハラ対策とは無関係、ということにはなりません。

例えば、大口顧客の担当者が、受注先の従業員に契約外の対応を繰り返し要求したり、取引上の立場を利用して暴言を続けたりするケースも問題となり得ます。

また、「職場」も店舗や会社内に限られません。取引先や顧客の自宅など、従業員が業務を行う場所に加え、電話やSNSなどによる言動も対象となります。

3 企業は何をしなければならないのか

今回の改正で重要なのは、カスハラが起きてから対応を考えるのではなく、あらかじめ対応する仕組みを整えておくことが義務になる点です。

企業には、主に次のような対応が求められます。

まず、「カスハラには毅然と対応し、従業員を保護する」という会社の方針を明確にし、従業員に周知すること。

次に、相談窓口を設け、実際に相談があった場合に適切に対応できる体制を整えること。

さらに、事案が発生した場合には、迅速に事実確認を行い、必要に応じて担当者の交代、複数人での対応、行為者との分離、従業員へのメンタルヘルス面のフォローなどを行い、再発防止につなげることが求められます。

現場で「誰に報告するのか」「何分以上対応が続けば上司に代わるのか」「どの段階で対応を打ち切るのか」といったルールを決めておくことも重要です。

特に悪質なケースについては、警察への通報、警告書の送付、法令上許される範囲でのサービス提供拒否や出入り禁止、場合によっては裁判所への仮処分申立てなども選択肢となります。

つまり、企業に求められているのは、単に「カスハラ禁止」というポスターを掲示することではありません。

実際にカスハラが起きたときに、現場の従業員を一人で抱え込ませない仕組みを作ることが重要なのです。

4 企業は「カスハラをされる側」だけではない

今回の改正でもう一つ注意したいのは、自社の従業員が、取引先の従業員などにカスハラを行うケースです。

例えば、自社が大口顧客であるという立場を利用して、取引先担当者に過度な要求や暴言を行えば、自社が「カスハラをする側」になります。

改正法では、事業主に対し、自社の従業員が他社の従業員に対してカスハラを行わないよう、研修その他の配慮を行うことも求めています。

その意味で、カスハラ対策は単なる接客マニュアルの問題ではなく、取引先との関係を含めた企業のコンプライアンスの問題でもあります。

5 10月1日に向けて、企業が確認しておきたいこと

施行に向けて、企業として最低限確認しておきたいのは、

  • 自社でどのような行為をカスハラと判断するのか
  • 従業員が誰に相談・報告するのか
  • 現場で一人に対応を任せない仕組みがあるか
  • 対応記録や録音等をどのように残すのか
  • 悪質な場合に、誰がサービス停止や警察への通報を判断するのか

といった点です。

なお、法律上、すべての企業について「カスハラ対策のため必ず就業規則を変更しなければならない」と定められているわけではありません。

就業規則、社内規程、対応マニュアル、研修など、自社に合った方法で体制を整備することができます。

重要なのは、書類を作ることそれ自体ではなく、現場で本当に機能する仕組みになっているかどうかです。

結び 「お客様を大切にすること」と「従業員を守ること」は矛盾しない

カスハラ対策というと、「企業が顧客に厳しくなる制度」のように聞こえるかもしれません。

しかし、制度の目的はそうではありません。正当な苦情や要望には、これまでどおり真摯に耳を傾ける。その一方で、従業員の人格や安全まで犠牲にして要求に応じる必要はない。

「お客様を大切にすること」と「従業員を守ること」は、本来、二者択一ではないはずです。

顧客に問題があれば誠実に対応する。しかし、社会通念上許容されない言動に対しては、会社が従業員の前に立つ。

2026年10月1日から始まる新しい制度が企業に求めているのは、まさにそのような組織としての姿勢ではないでしょうか。