COLUMN
2026.10.02
最近、当事務所でお受けする法律相談の中で、「銀行から突然取引解約を告げられた」、「理由を尋ねても『総合判断』としか説明されず納得できない」といったお話を聞く機会が増加しています。金融犯罪を減らすためのマネーローンダリング防止対策(Anti Money Laundering<AML>)、安全保障を確保するためのテロ資金・拡散金融防止対策(Combating Fighting Terrorism<CFT> / Combating Proliferation Financing<CPF>)の要請から、不特定多数との頻繁な資金移動や海外送金の多用は、銀行のモニタリングにおいて高リスク取引として抽出されやすくなっています。銀行のお客様の側から、銀行の懸念を払拭するエビデンスを示せない場合、取引制限や解約に至ることもあり、企業活動や生活に影響が生じるケースもみられているところです。お客様からすれば、銀行は社会の公器として決済機能を提供している以上、一方的な取引の制限・停止は許されないのではないかというお気持ちをもたれているのでしょう。
もっとも、銀行には法令上の責務があります。犯罪収益移転防止法や外為法は、取引時の本人確認や疑わしい取引の届出義務を定めていますし、銀行法は内部管理態勢の整備を求めています。そして、預金約款などの銀行との取極めの中にも、マネーローンダリング等の疑いがある場合の取引停止・解約が明記されています。そのため、銀行がリスク低減措置を尽くしても疑義が解消されない場合、取引停止や解約は法令と約款に基づく正当な対応とされています。
冒頭申し上げた相談は、国際的な要請や環境変化から今後も増加していくものとみられます。日本は、FATF第4次相互審査で指摘された課題に対し、法令整備面の改善等で高い評価を得ましたが、運用面の「有効性」については課題が残っているとされています。これに対し、金融庁は2024年に新たな行動計画を策定、金融機関にリスクベース・アプローチの徹底や顧客管理(CDD)の高度化、システム(AIを含む)を活用したモニタリングの高度化に取組むことを求め、2026年7月からは有効性検証に関する検査も開始されています。
また、AML/CFT/CFPを巡る環境は急速に変化しています。国内的にはロマンス詐欺、SNS型投資詐欺事案を中心として疑わしい取引の届出は過去最大規模に増加しているうえ、その内容も偽造書類による口座開設など手口が多様化・複雑化しています。国際的にみても、安全保障上の緊張は残念ながら継続しており、テロ資金や拡散金融の原資として、暗号資産等のデジタル通貨のリスク増大が指摘されています。こうした情勢を受け、内外ともに不可逆的な規制強化が進んでいくことは疑いありません。AIを活用した偽陽性の削減やリアルタイム検証によって、制限・停止するべき取引を正確に抽出する努力が続けられていますが、その前に保護されるべき取引が制限・停止されてしまう可能性は依然として残存しています。
犯罪関与者や経済制裁対象者との取引が強く疑われる、制限・停止以外の選択肢がない口座がある一方、健全な経済活動に使用されている口座が理由もなく制限・停止される事象は看過できません。
こうした中、健全な経済活動を維持していくために、銀行とそのお客様は何をするべきなのでしょうか。
一つは、「Know Your Customer(KYC)」の徹底であると考えます。筆者が外資系金融機関のコンプライアンス責任者として勤務していた際、取引モニタリングの結果、高リスクとして抽出されたお客様に対し、資金取引の背景をあれこれと質問し、多くの資料を徴求させていただいたことがあります。最初はお客様も笑顔でしたが、最後には「長年取引してきたのに、なぜ犯罪者のように扱うのか」とお叱りを受けました。その時、この企業の担当者を交えて3人で協議をして、ようやく入出金の背景を理解し、取引を継続すると同時に、新たな取引拡大の話にまで及んだ経験がありました。KYCとは単に顧客の属性を知ることではなく、取引の背景や合理性を理解することを意味します。CDDの強化と営業推進は矛盾しません。むしろ、顧客の事業モデルや商流を深く理解するほど、銀行は適切なリスク評価を行い、正当な金融ニーズに応えることができます。
二つ目は、銀行における内部態勢の問題です。2028年のFATF第5次審査を控え、金融機関にはAML/CFT/CPF態勢の「実効性」を高めること、経営陣は、この態勢整備に主体的に取り組むことが求められています。これは、経営陣がAML/CFT/CPFを「全社的な課題」として認識しているかどうか、経営資源が十分に配賦されているかが、態勢整備の質を大きく左右するためです。当局からみると、営業部門であっても法令リスクを理解し、取引の背景を丁寧に把握しようとする金融機関は、モニタリングの精度も高く、安心感があります。また、その機能度について、プロセス監査を通じて点検するという自律的な仕組みがビルトインされている先は、当局のみでなく、お客様の信頼も厚い先と言えます。
もちろん、銀行だけではなく、銀行のお客様の側にも、取引の背景を説明する資料の整備や、海外送金の正当性・合理性の文書化など、銀行のリスクベース・アプローチに応えられる内部統制が求められます。銀行から追加資料を求められた際、取引の背景、事業モデル、資金の流れを丁寧に説明できる企業は、取引の制限・停止リスクが大きく減ります。
こうした銀行とお客様の取り組みは何を意味するのでしょうか。
私は、AML/CFT/CFPを「経済活動のインフラ」とすることと認識しています。金融機関と企業がともにAML/CFT/CFPを経済活動のインフラとして捉え、実務を高度化させていくことが、金融への信頼性を高め、健全な経済活動を伸長させることにつながります。
当事務所におきましては、その一助となるべく、引き続き実務面でお役に立てれば幸いです。