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2026.09.30

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【SAKURA法律事務所 代表弁護士 道下剣志郎 Legal Update】2026年10月1日施行 カスタマーハラスメント対策の義務化――企業が整備すべき方針、相談体制及び実務対応について公開いたしました。

SAKURA法律事務所 代表弁護士 道下剣志郎 Legal Update

2026年9月24日

SAKURA法律事務所 代表弁護士 道下 剣志郎

SAKURA法律事務所は、このたび、代表弁護士 道下剣志郎によるLegal Update第9弾として、「2026年10月1日施行 カスタマーハラスメント対策の義務化――企業が整備すべき方針、相談体制及び実務対応」を公開いたしました。

2026年10月1日から、改正労働施策総合推進法により、カスタマーハラスメントを防止するために必要な雇用管理上の措置を講ずることが、すべての事業主に義務付けられます。従来、カスタマーハラスメント対策は、企業の自主的な危機管理や従業員保護の問題として扱われることが多かったものの、今後は、相談体制、現場対応、事実確認、被害者保護、再発防止、悪質事案への抑止策、相談者のプライバシー及び不利益取扱いの禁止まで含め、法令及び厚生労働省の指針に沿った制度として整備することが求められます。

もっとも、法改正の趣旨は、顧客からの苦情や要望を広く「カスタマーハラスメント」として排除することにあるわけではありません。正当な苦情、合理的な申入れ、障害者差別解消法上の合理的配慮の申出等については、カスタマーハラスメントと混同せず、企業として真摯に対応する必要があります。他方、暴行、脅迫、侮辱、土下座の強要、長時間の拘束、執拗な要求、SNSへの投稿をほのめかした威迫、不当な金銭要求等に対して、現場の担当者個人に対応を委ね続けることも、2026年10月以降の企業実務としては適切ではありません。

本稿では、2026年9月24日時点の改正労働施策総合推進法及び厚生労働省告示第51号「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」を中心に、カスタマーハラスメントの法的定義、対象となる労働者及び顧客等の範囲、事業主が講ずべき措置、現場での初動、録音・録画、警察・弁護士との連携、サービス提供の拒否、他社従業員が行為者となる場合の対応、派遣労働者及び外部人材への配慮、社内規程・マニュアルの整備等について、企業実務の観点から整理します。

本稿の要旨

2026年10月1日から、事業主は、職場におけるカスタマーハラスメントにより労働者の就業環境が害されないよう、相談に応じ適切に対応するための体制整備、悪質な顧客等の言動を抑止するための措置その他の雇用管理上必要な措置を講じなければなりません。対象は接客業や小売業に限られず、顧客、取引先、施設利用者その他事業に関係を有する者との接点を持つ企業全般です。

法令上のカスタマーハラスメントは、顧客等の言動であること、業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えること、その結果として労働者の就業環境が害されることという三つの要素をすべて満たすものです。したがって、企業は「不快な顧客」「厳しい苦情」という印象だけで判断するのではなく、要求内容、手段・態様、頻度、継続性、事案の経緯、労働者側の対応、業種・業態等を踏まえて個別に判断する必要があります。

企業が施行日までに優先して整備すべきものは、経営者による方針の明確化、現場対応マニュアル、相談窓口、エスカレーションルート、事実確認と証拠保全の手順、被害者保護、悪質事案への警告・退去要求・警察通報・法的措置の基準、相談者のプライバシー保護及び不利益取扱い禁止、取引先との協力体制です。規程を一枚作成するだけでは足りず、店舗、コールセンター、営業、医療・福祉、施設運営、BtoB取引等の実際の業務フローに落とし込むことが重要です。

1 2026年10月1日から何が変わるのか――カスタマーハラスメント対策は「企業の任意対応」から法的義務へ

令和7年法律第63号による労働施策総合推進法の改正により、2026年10月1日から、職場における顧客等の言動に起因する問題について、事業主に新たな雇用管理上の措置義務が課されます。厚生労働省は2026年2月26日、改正法第33条第4項に基づく具体的な指針として、厚生労働省告示第51号を公布しました。

改正法第33条第1項は、事業主に対し、社会通念上許容される範囲を超えた顧客等の言動によって労働者の就業環境が害されることのないよう、労働者からの相談に応じ適切に対応するための体制整備、当該言動への対応の実効性を確保するために必要な抑止措置その他の雇用管理上必要な措置を講ずることを求めています。

この措置義務は、いわゆる接客業だけに限定されません。小売、飲食、ホテル、交通、医療、介護、教育、金融、不動産、IT、専門サービス、製造業、BtoB企業等を含め、顧客や取引先その他事業に関係を有する者との接点がある企業には、業種に応じた対応が必要となります。厚生労働省も、2026年10月1日から全ての事業主に対策が義務化されることを明示しています。

したがって、施行後の企業にとって重要なのは、「カスタマーハラスメントが発生した場合にその都度考える」という運用から脱し、あらかじめ方針、判断基準、相談窓口、現場の権限、エスカレーション、証拠保全、被害者保護、対外対応及び法的措置の基準を定めることです。

2 カスタマーハラスメントの法的定義――三つの要素をすべて満たす必要がある

厚生労働省の指針は、職場におけるカスタマーハラスメントを、第一に顧客等の言動であること、第二にその雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものであること、第三にそれによって労働者の就業環境が害されること、という三つの要素を全て満たすものとして整理しています。

ここで特に重要なのは、顧客からの苦情の全てがカスタマーハラスメントに当たるわけではないという点です。商品に欠陥があった場合の交換要求、契約内容に基づくサービス提供の要求、合理的な返金要求、説明不足に対する苦情等が、客観的に見て社会通念上許容される範囲で行われているのであれば、正当な申入れとして取り扱う必要があります。

他方で、要求内容自体に一定の理由がある場合であっても、暴行、脅迫、侮辱、人格否定、土下座の強要、長時間の拘束、反復継続する電話やメール、SNSへの悪評投稿をほのめかした威迫等、その手段又は態様が社会通念上相当性を欠く場合には、カスタマーハラスメントに該当し得ます。逆に、態様が一見穏当でも、契約内容を著しく超えたサービス、不可能な対応、不当な損害賠償等を執拗に要求する場合には、要求内容自体が相当性を欠くものとして問題となり得ます。

企業の実務では、「顧客の要求内容に理由があるか」と「要求の手段・態様が相当か」を分けて確認することが重要です。顧客側の要求に一部正当性があることと、暴言や長時間拘束等を許容しなければならないことは別問題です。

3 「社会通念上許容される範囲を超えるか」は、言葉だけで機械的に判断しない

指針は、社会通念上許容される範囲を超えた言動に該当するかについて、当該言動の目的、言動を受けた労働者の問題行動の有無及びその程度、言動が行われた経緯及び状況、業種・業態、業務の内容・性質、言動の態様、頻度、継続性、労働者の属性及び心身の状況、行為者との関係性等を総合的に考慮することが適当であるとしています。

したがって、社内マニュアルに「この言葉を言ったらカスハラ」「30分を超えたら自動的にカスハラ」といった形式的な基準だけを置くことは適切ではありません。一定の時間や言動をエスカレーションの目安として定めること自体は有用ですが、最終的には事案の全体像を踏まえて判断する必要があります。

また、企業側の商品、サービス、接客又は説明に問題があり、それが顧客の強い言動の原因又は背景となっている場合があることにも注意が必要です。カスタマーハラスメント対策は、顧客対応上の問題を隠すための制度ではありません。企業側に改善すべき点があれば、それを切り分けて是正することが、結果として再発防止にもつながります。

4 「就業環境が害される」とは何か――一回の言動でも該当し得る

指針は、「労働者の就業環境が害される」とは、顧客等の言動により労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じるなど、就業する上で看過できない程度の支障が生じることをいうとしています。

判断基準については、当該労働者個人の主観だけではなく、同様の状況で言動を受けた場合に、社会一般の労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるかという、いわゆる平均的な労働者の感じ方を基準とすることが適当とされています。

もっとも、反復継続がなければ対象にならないという意味ではありません。暴行、重大な脅迫、著しい侮辱等、強い身体的又は精神的苦痛を与える態様の場合には、一回の言動であっても就業環境を害することがあり得ます。現場が「初回だから我慢する」「何度か続いてから報告する」と運用することは、重大事案の初動を遅らせる可能性があります。

5 対象となる「顧客等」は広い――購入者だけでなく取引先、施設利用者、潜在顧客、近隣住民まで含まれ得る

法令上の「顧客等」は、商品又はサービスを現に購入した消費者だけを意味するものではありません。指針は、今後商品購入やサービス利用をする可能性のある潜在顧客、今後取引する可能性のある相手方、駅、空港、病院、学校、福祉施設、公共施設等の施設利用者、その家族、事業に関する問い合わせを行う者、取引先担当者、契約交渉の担当者、施設の近隣住民等を例示しています。

そのため、BtoB企業において「当社は一般消費者向けの店舗を持っていないから関係がない」と考えることは適切ではありません。営業担当者が取引先から人格否定的な叱責を反復して受ける場合、納入先で長時間拘束される場合、契約交渉の中で不当な威迫を受ける場合等も、要件を満たせば制度の対象となり得ます。

また、電話、電子メール、SNSその他インターネット上の言動も対象になり得ます。カスタマーハラスメント対策は、店舗の接客マニュアルだけではなく、コールセンター、問い合わせフォーム、SNS運用、営業、クレーム対応、取引先対応等の業務フロー全体で設計する必要があります。

6 対象となる「職場」と「労働者」――派遣先や顧客宅での被害も想定する

「職場」は、労働者が通常勤務するオフィスや店舗だけに限られません。取引先の事務所、商談のための飲食店、顧客の自宅等であっても、労働者が業務を遂行する場所であれば対象となり得ます。外勤営業、訪問介護、訪問修理、配送、出張サービス等では、事業所外での被害を前提に連絡・退避・応援要請の仕組みを設ける必要があります。

対象となる労働者には、正社員だけでなく、パートタイム労働者、契約社員その他事業主が雇用する非正規労働者も含まれます。派遣労働者については、派遣元だけでなく派遣先についても、法令上一定の措置義務等が及ぶため、派遣社員を現場対応の例外にしないことが重要です。

一方、個人事業主、フリーランス、他社従業員等は、自社が直接雇用する「労働者」とは異なります。しかし、指針は、職場にいる自社労働者以外の者についても、同様に保護する方針を示し、相談があった場合には必要に応じ適切に対応することが望ましいとしています。現実の職場に複数の雇用形態が混在する企業では、法定最低限にとどまらず、現場単位で一貫した安全確保を図る方が実務上合理的です。

7 事業主が必ず整備すべき第一の柱――方針の明確化と現場対応ルール

指針が最初に求めるのは、カスタマーハラスメントには毅然とした態度で対応し、労働者を保護するという事業主の方針を明確にし、管理監督者を含む労働者へ周知・啓発することです。経営者又は代表者のメッセージとして社内に明確に発信することは、厚生労働省の指針でも想定されています。

しかし、抽象的に「従業員を守ります」と宣言するだけでは実務上十分ではありません。現場で発生しやすい事例を整理し、どの段階で担当者が上司へ報告するのか、誰が顧客対応を引き継ぐのか、何分又は何回を一つの目安として対応を打ち切るのか、録音・録画を行う場合の手順、退店を求める場合、警察へ通報する場合、本社・法務へ連絡する場合を具体化しておく必要があります。

指針は、可能な限り労働者を一人で対応させないこと、管理監督者が代わって対応すること、一定の説明後も繰り返し要求が続く場合には退店を求めたり電話を切ったりすること、犯罪に該当し得る行為について警察へ通報すること、法的手続が必要であれば法務部門と連携して弁護士へ相談すること等を、対処内容の例として挙げています。

したがって、現場に「できること」を付与することが重要です。担当者に責任だけを課し、電話を切る権限も、対応を交代させる仕組みも、警備員や上司を呼ぶ基準も与えない状態では、方針を掲げても実効性はありません。

8 顧客への方針公表は有効だが、社内周知と区別する

指針上、事業主が「カスタマーハラスメントには毅然と対応し、労働者を保護する」という方針を顧客等にも周知・啓発することは、被害防止に効果的とされています。店舗掲示、ウェブサイト、利用規約、予約画面、コールセンターの案内等で、暴行、脅迫、侮辱、過度な要求等に対してはサービス提供を中止し、必要に応じ警察への通報その他の対応を行う旨を示すことが考えられます。

もっとも、顧客向け告知は、社内ルールの代替にはなりません。また、過度に広い表現によって「苦情を言った顧客は利用禁止」「従業員への異議申立ては禁止」と読める内容にすると、正当な申入れを萎縮させ、かえって紛争を招く可能性があります。

対外方針は、従業員保護を明確にしつつ、正当な意見・要望には誠実に対応することも併せて示すことが望ましいと考えます。企業ブランドの観点からも、顧客との対立を煽る文章ではなく、安全なサービス提供環境を守るためのルールとして説明することが重要です。

9 第二の柱――相談窓口は「実際に発生した事件」だけを受け付ける窓口ではない

事業主は、カスタマーハラスメントに関する相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知しなければなりません。既存のハラスメント相談窓口と一体的に設置することや、外部機関へ相談対応を委託することも指針上想定されています。

重要なのは、相談窓口が「カスタマーハラスメントであることが確定してから相談する場所」ではないという点です。指針は、現実にカスタマーハラスメントが発生している場合だけでなく、発生のおそれがある場合、該当するか否か微妙な場合についても広く相談に対応することを求めています。

そのため、相談担当者には、法的な定義を機械的に当てはめて「それはカスハラではありません」と入口で排除するのではなく、労働者の心身の状況、言動の経緯、頻度、具体的な要求、客観資料等を確認し、必要に応じて上司、人事、法務、コンプライアンス、産業保健スタッフ等へ連携する権限と手順を与える必要があります。

特に小規模事業者では、直属の上司が相談窓口を兼ねることもあり得ますが、上司自身の判断だけで案件を抱え込まないエスカレーションルートを設けることが重要です。

10 第三の柱――事実関係の迅速かつ正確な確認と、被害者保護を分けて考える

相談の申出があった場合、事業主には、事実関係を迅速かつ正確に確認し、適正に対処することが求められます。相談者からの聴取に加え、必要に応じて周囲の労働者から事情を聴き、録音・録画等の客観的資料を確認し、可能かつ必要であれば行為者からも事情を確認することが考えられます。

ここで、事実確認が完了するまで被害労働者を同じ顧客対応へ戻し続けることは避けるべきです。指針は、カスタマーハラスメントの事実が確認された場合、管理監督者が被害者に代わって対応すること、被害者と行為者を引き離すこと、担当者を変更すること、複数人で対応すること、必要に応じ配置転換やメンタルヘルス相談等の措置を行うことを例示しています。

企業実務では、「事実認定」と「暫定的な安全確保」を区別することが重要です。最終的な法的評価が未確定でも、暴力のおそれ、強い心理的負荷、ストーカー的接触等がある場合には、担当変更、電話番号・メールアドレスの遮断、警備の強化等の暫定措置を先に講ずることが合理的です。

11 録音・録画は有力な証拠となるが、個人情報管理までセットで設計する

指針は、顧客等とのやり取りを録音・録画することを現場対応の例として明示しています。また、事後の事実確認においても、録音・録画等の客観的証拠を確認することが想定されています。

コールセンター、店舗、窓口、訪問業務等において、録音・録画は、言った・言わないという紛争を抑え、従業員を一方的な主張から守る上で重要な手段となり得ます。他方、録音・録画には顧客等の音声、映像その他の個人情報が含まれる場合があるため、個人情報保護法その他の関係法令を踏まえた適切な取扱いが必要です。

実務上は、録音・録画の目的、対象、保存期間、アクセス権限、外部提供、削除手順を定め、調査・訴訟・警察対応等に必要な証拠が消去されないよう、通常の保存期限とは別にリーガルホールドを行う仕組みも検討すべきです。逆に、全ての録音を無期限に保存する運用も適切とは限りません。

重大事案が発生した場合には、通話録音、監視カメラ映像、メール、SNS投稿、問い合わせ履歴、対応記録等を早期に保全し、後から編集又は消去されたとの争いを避けられるよう原データの管理にも注意が必要です。

12 第四の柱――特に悪質な事案への「抑止措置」は、あらかじめ方針と体制を整えることが必要

今回の制度で重要なのは、事後対応だけでなく、特に悪質なカスタマーハラスメントに対する抑止措置をあらかじめ定め、その対処を実行できる体制を整備することが、明確な措置義務として位置付けられた点です。

指針は、暴行、傷害、脅迫等について警察へ通報すること、行為者へ警告文を発出すること、法令上許される範囲で商品の販売又はサービス提供をしないこと、店舗・施設への出入りを禁止すること、民事保全法に基づく仮処分命令を申し立てること等を例示しています。

企業は、これらを「その場で法務部が考える選択肢」にとどめず、どの程度の事案で警告書を出すのか、誰の決裁でサービス提供を停止できるのか、出入禁止をどの範囲で行うか、警察相談・被害届・告訴をどの段階で検討するか、仮処分その他民事手続へ移行する基準を、業種特性に応じて事前に整理しておく必要があります。

とりわけ、複数拠点を有する企業では、特定店舗で出入禁止とした人物が別拠点に現れる場合等を想定し、必要な範囲で情報共有する体制を検討することが有用です。その際は、個人情報の取扱い、情報共有の必要性及び範囲にも留意する必要があります。

13 「サービス提供拒否」は万能ではない――消費者の権利、障害者差別解消法、各業法との調整

悪質な顧客に対し、サービス提供の中止又は利用拒否は重要な選択肢となり得ます。しかし、企業が自由にあらゆるサービスを拒否できるとは限りません。指針も、消費者法制上の消費者の権利、障害者差別解消法に基づく不当な差別的取扱いの禁止及び合理的配慮の提供義務、各業法に定められたサービス提供義務、サービス停止が生命・健康に重大な影響を及ぼす場合等に留意する必要があると明記しています。

例えば、障害のある顧客が合理的配慮を求めること自体は、カスタマーハラスメントではありません。また、認知症、障害特性、疾病等によりコミュニケーションが難しい場面では、その事情を理解した上で対応方法を工夫すべき場合があります。

したがって、「強い要求をしたから一律利用拒否」というルールではなく、要求の正当性、言動の態様、業法上の義務、合理的配慮の必要性、代替手段の有無、安全確保の必要性等を踏まえ、個別に判断できる仕組みが必要です。医療、介護、公共交通、生活インフラ等では特に慎重な設計が求められます。

14 第五の柱――相談者のプライバシー保護と、不利益取扱いの禁止

カスタマーハラスメントについて相談した労働者の情報は、相談内容、健康状態、性的指向・ジェンダーアイデンティティその他の機微な情報を含む場合があります。指針は、相談者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、その旨を労働者へ周知することを求めています。

相談対応のために情報共有が必要な場合でも、関係のない部署や多数の従業員にまで事案を広く共有することは避けるべきです。相談窓口、人事、法務、上司、産業保健スタッフ等のうち、対応上必要な者へアクセスを限定し、相談記録の保存先及び閲覧権限を管理することが重要です。

また、労働者がカスタマーハラスメントについて相談したこと、事実確認に協力したこと、都道府県労働局に援助を求めたこと、調停を申請したこと等を理由として解雇その他の不利益な取扱いを行ってはなりません。この点は、就業規則その他の文書にも明記し、労働者へ周知しておくことが必要です。

15 自社従業員が取引先でカスタマーハラスメントを行う側になるリスクも管理する

カスタマーハラスメント対策は、自社の従業員を「被害者」として守る制度だけではありません。自社の従業員又は役員が、取引先や委託先の従業員に対し、社会通念上許容される範囲を超えた要求、威圧、侮辱等を行う側になることもあります。

改正法及び指針は、他の事業主から事実関係の確認等について必要な協力を求められた場合、事業主がこれに応ずるよう努めることを求めています。指針は、協力要請を受けたことを理由に取引契約を解除する等の不利益な取扱いを行うことは望ましくないとし、事実が確認された場合には、就業規則等に基づく必要な懲戒その他の措置を講ずることが望ましいとしています。

したがって、企業のカスタマーハラスメント方針には、「顧客等から従業員を守る」だけではなく、「自社役職員も他社従業員にカスタマーハラスメントを行わない」という双方向の原則を入れることが適切です。購買部門、営業部門、発注者側担当者、元請企業等、取引上強い立場にある部署については特に教育が重要です。

16 就業規則、マニュアル、契約書、現場オペレーションを連動させる

施行対応として、カスタマーハラスメント方針を一本作るだけでは十分ではありません。実効性を持たせるためには、就業規則、ハラスメント規程、相談窓口規程、クレーム対応マニュアル、コールセンターのスクリプト、店舗・施設運営マニュアル、警備手順、個人情報管理規程、緊急連絡網等を相互に整合させる必要があります。

また、派遣会社、コールセンター運営会社、警備会社、販売代理店、フランチャイズ、施設管理会社等と連携してサービスを提供している企業では、誰が一次対応を行い、誰が従業員を退避させ、誰が録音・映像を保全し、誰が警察や弁護士へ連絡するのかを契約及び運用の双方で明確にすることが重要です。

BtoB取引では、相互にカスタマーハラスメントを行わないこと、事案発生時の調査協力、担当者変更、再発防止等を契約又は取引ルールに盛り込むことも検討に値します。もっとも、契約条項を置くだけで現場が機能するわけではないため、担当部署間の連絡窓口を実際に設定しておく必要があります。

17 経営陣が施行前に確認すべき実務対応――「紙の規程」ではなく、現場が動けるかを点検する

2026年10月1日の施行に向け、経営陣が確認すべきなのは、規程が存在するかだけではありません。実際に従業員が相談先を知っているか、相談窓口がグレーな案件も受け付ける運用になっているか、管理職が対応交代を判断できるか、録音・録画を保全できるか、現場に警察通報の基準が共有されているか、悪質な顧客に警告書を発出する責任部署が決まっているか、サービス停止や出入禁止の決裁権限が整理されているかを確認する必要があります。

第一に、経営者又は代表者名義で、カスタマーハラスメントから従業員を守るという方針を明確にします。第二に、自社で起こり得る典型事例を洗い出し、正当な苦情とカスタマーハラスメントを区別する判断基準を整理します。第三に、相談窓口とエスカレーションルートを定めます。第四に、重大事案の初動、証拠保全、被害者保護、警察・弁護士との連携をマニュアル化します。第五に、悪質事案への警告、対応中止、サービス提供拒否、出入禁止等の権限を明確にします。第六に、管理職及び現場担当者へ実践的な研修を行います。

制度導入後は、相談件数だけで制度の成否を判断しないことも重要です。相談が少ないことが、被害が少ないことを意味するとは限りません。相談しにくい職場文化が原因である可能性もあります。アンケート、労働組合や衛生委員会等の意見、離職・休職の状況、現場ヒアリング等を通じて運用を継続的に見直すことが望まれます。

18 正当な苦情を「カスハラ」として排除しないことが、制度の信頼性を支える

カスタマーハラスメント対策を実効的にするためには、企業が正当な苦情を正当に取り扱うことが不可欠です。従業員を守る方針と、顧客の正当な権利を尊重する姿勢は相反するものではありません。

商品・サービスに実際の不具合がある、契約上の義務を履行していない、説明が不十分である、合理的配慮が必要である等の場合には、企業はその問題を認識して改善する必要があります。その一方で、企業側に一定の落ち度があったとしても、暴力、脅迫、人格否定、著しい拘束等まで受忍しなければならないわけではありません。

企業としては、「申入れの内容に正当性があるか」と「申入れの手段・態様が許容範囲内か」を分け、前者について必要な是正を行いつつ、後者が許容範囲を超えた場合には従業員保護のための措置を講ずるという二段階の考え方を持つことが重要です。

19 SAKURA法律事務所が考えるカスタマーハラスメント対応の要諦

カスタマーハラスメント対策で最も避けるべきなのは、現場の従業員に「丁寧に対応してください」とだけ指示し、どこまで我慢すべきか、いつ対応を終了してよいか、誰に助けを求めてよいかを示さないことです。

2026年10月以降の実務では、従業員に無制限の忍耐を求めるのではなく、企業が組織として顧客対応を引き受ける必要があります。そのためには、現場、管理職、人事、法務、コンプライアンス、警備、広報、産業保健等の役割を明確にし、重大事案を個人対応から組織対応へ切り替える基準を定めることが重要です。

他方、カスタマーハラスメントという言葉を盾に、企業側の落ち度や正当な顧客の申入れを排除する運用も適切ではありません。従業員保護と顧客の正当な権利を両立させ、業種・サービス特性に即した判断基準を作ることが、制度の信頼性を高めます。

法改正への対応は、コンプライアンスのためだけの作業ではありません。従業員の安全、離職防止、サービス品質、顧客対応の標準化、重大事故の予防、ブランド保護を一体として考える経営課題です。

20 よくあるご質問

Q1 2026年10月1日から、カスタマーハラスメント対策は全ての会社に必要ですか。

改正法による措置義務は、特定業種や大企業だけに限定されたものではありません。顧客等との接点がある事業主は、自社の業種・業態及びリスクに応じた必要な措置を講ずることが求められます。

Q2 顧客から大声で苦情を言われた場合、直ちにカスタマーハラスメントになりますか。

直ちに一律に該当するわけではありません。要求内容、手段・態様、経緯、頻度、継続性、業種・業態、労働者側の対応等を総合的に判断します。もっとも、大声による威圧が社会通念上許容される範囲を超え、就業環境を害する場合には該当し得ます。

Q3 カスタマーハラスメントを行う顧客との電話を切ることはできますか。

指針は、労働者から十分な説明を行った後も繰り返し要求が続く場合に、一定時間の経過をもって電話を切ることを対処例として挙げています。実際の運用では、業務内容、緊急性、顧客の状況等を踏まえた社内基準をあらかじめ定めておくことが重要です。

Q4 通話や接客を録音・録画してもよいですか。

指針は録音・録画を対応例及び事実確認の方法として挙げています。他方、音声・映像には個人情報が含まれ得るため、個人情報保護法等を踏まえ、利用目的、保存、アクセス権限、外部提供、削除等を適切に管理する必要があります。

Q5 悪質な顧客へのサービス提供を拒否できますか。

法令の制限内でサービス提供をしないことは、指針上、特に悪質な事案への対処例として示されています。ただし、業法上のサービス提供義務、消費者法制、障害者差別解消法上の合理的配慮等との調整が必要な場合があるため、一律の運用は適切ではありません。

Q6 カスタマーハラスメントかどうか微妙な段階でも、従業員は相談できますか。

はい。指針は、実際に発生している場合だけでなく、発生のおそれがある場合や、カスタマーハラスメントに該当するか否か微妙な場合にも広く相談に対応することを求めています。

Q7 取引先の従業員が当社社員にカスタマーハラスメントをした場合、取引先へ調査協力を求められますか。

必要に応じて、他の事業主へ事実関係の確認や再発防止に向けた協力を求めることが想定されています。逆に、自社役職員が他社従業員に対して行為者となった場合には、他社からの協力要請へ応ずるよう努めることが求められます。

Q8 フリーランスや業務委託者も保護対象ですか。

法第33条の措置義務は事業主が雇用する労働者を中心とする制度ですが、指針は、職場にいる他社従業員や個人事業主等の自社労働者以外の者についても、同様の保護方針を示し、相談があった場合には必要に応じ適切に対応することが望ましいとしています。

21 代表弁護士 道下剣志郎「Legal Update」について

SAKURA法律事務所では、代表弁護士 道下剣志郎のプロフィールページに「Legal Update」を設け、企業法務、M&A、国際取引、AI・IT、個人情報、知的財産、危機管理、労働、Web3・暗号資産その他、企業及び経営者が直面する重要な法律問題について継続的に情報を発信しています。

Legal Updateでは、法令の概要を紹介することだけを目的とせず、法改正が企業の業務フロー、契約、社内規程、取締役会、従業員対応、顧客対応及び危機管理にどのような影響を与えるのかを、実務に即して検討します。

第9弾となる本稿では、2026年10月1日に施行されるカスタマーハラスメント対策義務化を取り上げました。今後も、2026年12月施行の改正公益通報者保護法、外国企業による日本投資・M&A、クロスボーダー取引、企業不祥事、名誉毀損、Web3その他の分野について順次公開する予定です。

22 カスタマーハラスメント対策に関してご相談いただける事項

SAKURA法律事務所では、2026年10月1日の改正法施行に向けたカスタマーハラスメント対応について、企業の業種、従業員規模、顧客との接点、既存のハラスメント体制及び実際の現場運用を踏まえた法的支援を行っています。

カスタマーハラスメント方針・社内規程・対応マニュアルの策定又は見直し、相談窓口及びエスカレーションフローの設計、管理職・現場担当者向け研修、悪質な顧客への警告書、サービス提供停止・出入禁止の法的検討、警察対応、仮処分その他の法的手続、録音・録画及び個人情報管理、取引先との調査協力、派遣・委託先との役割分担、実際に発生したカスタマーハラスメント案件への対応等についてご相談いただくことが可能です。

既存のクレーム対応マニュアルやハラスメント規程がある場合でも、2026年の改正法及び指針に照らして不足がないかをレビューすることが重要です。特に、悪質事案への抑止措置、相談者の不利益取扱い禁止、他社からの調査協力要請への対応等は、従来の顧客対応マニュアルでは十分に整備されていないことがあります。

23 お問い合わせ

カスタマーハラスメント対策、ハラスメント規程、従業員保護、相談窓口、クレーム対応、警告書、警察対応、仮処分その他の危機管理・労務・企業法務に関するご相談は、SAKURA法律事務所までお問い合わせください。

お問い合わせの際には、ご相談内容に「カスタマーハラスメント対策に関する相談」とご記載いただけますと、担当弁護士へのご案内が円滑です。

SAKURA法律事務所
代表弁護士 道下 剣志郎
〒106-0032 東京都港区六本木一丁目4番5号 アークヒルズサウスタワー4F
電話 03-6910-0692

本記事の執筆・監修
SAKURA法律事務所
代表弁護士 道下 剣志郎

主な参考資料

厚生労働省「令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について」

厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」

厚生労働省告示第51号「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」

厚生労働省「従業員を守るために―カスタマーハラスメント対策の新ルール」

e-Gov法令検索「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」

厚生労働省「あかるい職場応援団」カスタマーハラスメント関係資料

※本記事は、2026年9月24日時点における法令、厚生労働省の指針及び公表資料等を基礎として、一般的な法的情報を提供することを目的とするものです。個別具体的な案件について法的助言又は法律上の結論を示すものではありません。具体的な事案については、業種・業態、契約関係、顧客等の言動、従業員の状況、適用される各業法その他の事実関係を踏まえた個別の検討が必要となります。

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