COLUMN
2026.10.23

SAKURA法律事務所は、このたび、当事務所のパラリーガルである井上慎也による第2回コラム「反社・トクリュウリスクの最新動向と企業取引の防衛策――警察庁『犯罪収益移転危険度調査書』から読み解く、元警視庁捜査員の視点」を公開いたしました。
井上慎也は、警視庁において組織犯罪対策、外国人犯罪、薬物・銃器犯罪及び犯罪収益に関する捜査業務を経験し、金融庁への出向中には金融機関に対するマネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策の検査等にも携わってきました。本コラムでは、そうした現場経験を背景に、従来の反社会的勢力チェックだけでは捉えきれない匿名・流動型犯罪グループの脅威を、企業の日常取引に引き寄せて論じています。
警察庁が公表する「令和7年犯罪収益移転危険度調査書」は、実体のない法人の設立や休眠法人の買収、法人名義口座の悪用、複数口座を経由する資金移転など、正規の経済活動の外形を利用したマネー・ローンダリングの実態を分析しています。本稿では、これらの一次資料を踏まえ、取引先の実質的支配者、契約の経済合理性、不自然な送金指示及び社内の報告・判断体制に着目することの重要性を解説します。
企業の経営者、法務・コンプライアンス部門、営業部門、経理・財務部門にとって、反社・トクリュウ対策は取引開始時の形式的な確認だけで完結する問題ではありません。SAKURA法律事務所では、弁護士が主体となって取引先審査、反社会的勢力との関係遮断、疑わしい資金移動をめぐる対応及び社内体制の整備等を支援しております。以下、井上慎也によるコラム全文を掲載いたします。
SAKURA法律事務所 | パラリーガル・コラム 第2回
――警察庁「犯罪収益移転危険度調査書」から読み解く、元警視庁捜査員の視点
執筆:井上 慎也(SAKURA法律事務所 パラリーガル/元警視庁捜査員・金融庁出向経験)
SAKURA法律事務所でパラリーガルを務めております井上慎也です。前回のコラムでは、マネー・ローンダリング対策は金融機関だけの問題ではないことを取り上げ、一般企業が気付かないうちに犯罪収益の移転経路として利用される危険性や、2026年7月に一部施行された犯罪収益移転防止法の改正についてお伝えしました。今回はさらに一歩踏み込み、企業の取引先審査に直結する反社会的勢力と匿名・流動型犯罪グループの問題を取り上げたいと思います。
私が警視庁の組織犯罪対策部門等で捜査に携わっていたころから、犯罪組織は、資金獲得の方法だけでなく、その活動主体や資金移動の経路を見えにくくする方向へ変化してきました。かつて企業の反社対策といえば、暴力団や暴力団関係企業からの不当要求を拒み、資金提供や取引関係を遮断することが中心的な課題でした。しかし現在では、組織の中核部分を匿名化し、SNS等を通じて実行役を集め、関与者や送金手段を入れ替えながら活動する「匿名・流動型犯罪グループ」(通称「トクリュウ」、本稿では「トクリュウ」とも記載します)への視野が欠かせません。
もちろん、トクリュウという呼称は犯罪集団の活動実態を把握するための呼び方であって、個々の人物や企業について、それだけで法律上の反社会的勢力該当性が確定するわけではありません。企業が実際に取引を停止し、契約を解除し、又は資金移動を制限する際には、把握した事情と契約条項、関係法令に照らした慎重な判断が必要です。それでも、従来型の暴力団情報への照会だけでは見落とし得るリスクが広がっていることは、今や企業の経営者や取引担当者にとって無視できない現実です。
警察庁が毎年公表する「犯罪収益移転危険度調査書」は、犯罪収益が移転するおそれのある取引、商品・サービス及び顧客属性等について、国としてリスクを分析した資料です。2026年10月22日時点で公表されている直近の令和7年調査書では、匿名・流動型犯罪グループによる資金獲得活動に加え、法人や法人名義の預貯金口座がマネー・ローンダリングに利用される事例が詳しく扱われています。
そこでは、実体のない法人を設立して口座を取得する方法、休眠法人や既存の法人口座を買い取って利用する方法、合法的な事業収益に犯罪収益を混在させる方法、決済代行・収納代行の仕組みを資金移動に介在させる方法などが紹介されています。さらに、犯罪収益を受け入れた口座から短期間で別の口座に送金し、複数の中継口座を経由して最終的に海外へ移転するという多段階の流れや、暗号資産関連の資金移動と結び付いた事例も示されています。いずれも、法人として登記されていることや銀行口座を保有していることだけでは、取引の実質を保証できないことを物語っています。
警察庁の白書も、トクリュウの中核部分が匿名化され、末端の実行役がSNS等で募集されて入れ替わる一方、犯罪で得た収益が架空・他人名義の口座、会社の取引に仮装した入出金、暗号資産又は外国口座などを経由して移転される実態を明らかにしています。外形上は通常の業務委託費や商品の代金に見える入金が、別の取引と結び付いている可能性は否定できません。
ただし、法人名義口座、第三者への支払い、暗号資産での決済といった事実が存在することだけで、その取引を違法と決め付けることはできません。正当な経済的理由を伴う取引も多数存在します。重要なのは、単独の特徴から結論を急ぐことではなく、契約の目的、相手方の事業実態、対価の根拠、資金の流れという複数の事情を合わせて検討することです。
多くの企業では、新規取引の開始前に反社会的勢力データベースへの照会、新聞記事の検索、登記事項の確認その他のいわゆる属性チェックを実施しています。これらの取組は、既に公知となっているリスクを把握する上で必要な第一歩です。しかし、私が捜査実務の中で強く感じてきたのは、属性チェックを通過したことが、その人物又は法人の関与する取引の安全性を保証するものではないという点です。
新たに設立された法人、長期間活動していなかった法人、表面上の代表者と実際の意思決定者が異なる法人では、検索結果に問題が現れないことがあります。実質的な支配関係や資金の流れが不透明であっても、体裁の整った契約書や請求書、企業ホームページが用意されていれば、日々多数の案件を扱う現場担当者が違和感を抱かずに手続を進めてしまうことは十分に考えられます。
この限界を補うのが、取引及び資金移動の実体に着目するデュー・ディリジェンスです。担当窓口や登記上の代表者だけでなく、事業を実質的に支配し、重要な判断を行い、利益を受ける者が誰なのかを確認すること、契約内容と実際の役務提供が整合するかを確かめること、支払金額や決済方法に合理的な説明があるかを検討することが重要になります。もちろん、こうした調査は適法に取得できる情報を用い、個人情報の保護や調査対象者の名誉にも配慮して実施しなければなりません。
例えば、実体の説明が乏しい高額なコンサルティング契約や、本来は直接取引できるにもかかわらず複数の会社を不自然に経由させるスキーム、業務内容と著しく見合わない報酬条件は、理由の確認を要する事情です。反対に、取引目的、契約関係及び対価の計算根拠が資料によって合理的に説明できるのであれば、疑いを過度に広げるべきではありません。個々の取引を正しく評価するためには、疑わしい点を明らかにすると同時に、正当性を裏付ける事実も公平に収集する姿勢が欠かせません。
実務上、最初に異変が表れるのは、契約締結時よりも、その後の決済段階であることがあります。例えば、取引先から突然「代金は契約相手とは別の法人又は個人の口座へ振り込んでほしい」と求められる場合、受領した資金の大半を短期間で他の口座へ移転してほしいと依頼される場合、当初合意と異なる現金又は暗号資産での決済に切り替えるよう求められる場合などです。こうした変更は、直ちに違法性を示すものではありませんが、取引のリスクを再評価する十分なきっかけになります。
相手方が「グループ会社の精算に必要だから」「取引先からの指定だから」と説明した場合でも、それをそのまま受け入れるのではなく、第三者への支払いや資金移転が必要な契約上の根拠、受取人との関係及び変更の理由を確認することが重要です。既存の請求書や契約書と矛盾があるのであれば、必要に応じて資料の提示や社内承認を求め、合理的な説明が得られるまで決済を保留することも検討すべきです。相手方への確認は冷静かつ適切に行い、十分な根拠がない段階で犯罪者と決め付けたり、安易に一方的な契約解除を通知したりすることは避けなければなりません。
取引金額の大小だけで判断しないことも大切です。警察庁の分析では、犯罪収益が複数の口座を経由して短時間で移転される事例が紹介されています。目の前の一件だけを見れば通常の支払いに見えても、取引目的と送金先の不一致、連続する条件変更、説明の一貫性の欠如などの事情を通して見ると、初めて不自然さが浮かび上がる場合があります。取引先審査は、契約の前に一度実施して終えるのではなく、取引の継続中も必要に応じて見直していくべきものです。
不自然な取引の端緒を最初に把握するのは、警察や法務部門ではなく、取引先と日常的に連絡を取る営業担当者や、実際に入出金を扱う経理・財務担当者であることが少なくありません。「説明された事業内容と資金の流れが合わない」「振込先を短期間に繰り返し変更する」「相手方が確認資料の提出を避ける」といった違和感を、個人の感覚のまま放置せず、法務・コンプライアンス部門及び必要な経営判断につなげる社内の仕組みが重要です。
担当者が一人で不審な取引に対応し続ける体制では、判断が遅れたり、取引先からの圧力によって適切な確認を省略してしまったりするおそれがあります。日頃から、どのような事象が生じたら誰に報告するのか、支払いをいったん停止する判断を誰が行うのか、取引継続の可否をどの部署が検討するのかを明らかにしておくことで、現場の担当者を守ることにもつながります。
加えて、相手方に何を確認し、どのような回答があり、どの資料を踏まえて判断したのかという記録を適切に残すことが大切です。後に金融機関から取引目的や入出金について説明を求められた場合にも、適正な調査や社内判断を尽くした経緯を示す資料となり得ます。ただし、記録を残すだけで責任が免除されるものではなく、不正の疑いが深まった場合には、必要な追加調査、金融機関との協議及び法律上の対応を検討する必要があります。
ここで確認しておきたいのは、「犯罪による収益の移転防止に関する法律」に基づく取引時確認や疑わしい取引の届出等の義務は、法令が定める特定事業者を中心として、事業類型及び取引内容に応じて課されるという点です。一般の事業会社に同じ義務が一律に及ぶわけではありませんが、法令上の届出義務の有無と、自社の取引が悪用されないための予防的な確認を行う必要性とは別問題です。また、2026年7月10日には預貯金通帳等の不正譲渡に対する罰則の引上げや、いわゆる「送金犯罪」に関する罰則の創設が施行されました。企業にとっても、安易な口座提供や名義利用、資金移動の委託に注意を払うべき状況が続いています。
反社・トクリュウへの対応は、警察が犯罪を摘発するためだけの問題ではありません。企業が自社の契約、口座、決済経路、商品又はサービスを犯罪収益の獲得・移転に利用されることを防ぎ、顧客、取引先、従業員及び金融機関からの信用を守るための経営上の課題です。金融機関が不審な資金移動を認識した場合には、事案に応じて追加資料の提出を求められ、取引の制限や口座の利用停止等が問題となる可能性もあります。こうした対応の有無や範囲は個別事情によりますが、事業に与える影響が大きいからこそ平時から備える意味があります。
2007年に政府が取りまとめた「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」も、反社会的勢力との関係遮断を単なる担当部門の問題とせず、組織としての対応、外部専門機関との連携、取引関係を含めた関係遮断、必要な民事・刑事上の対応という観点から位置付けています。これに加えて、最近のトクリュウや法人名義口座の悪用に対しては、従来の属性情報の確認だけでなく、取引開始後の支払方法や資金の流れを継続的に点検する視点が求められます。
SAKURA法律事務所では、弁護士が主体となり、取引先審査及び反社会的勢力との関係遮断、契約書の反社会的勢力排除条項や取引停止条項の設計、実質的支配者の確認体制、不自然な決済条件に関する法的検討、社内規程やエスカレーション手続の整備、金融機関からの照会及び疑義のある取引への対応等について、企業の実情に応じた法的支援を行っています。実際の取引を止めるべきか、契約を解除できるか、相手方に何を求めるべきかという判断は、事実関係と適用法令、契約内容を踏まえて弁護士が検討いたします。
私自身も、警視庁における組織犯罪・犯罪収益対策の経験と、金融庁で金融機関のマネー・ローンダリング対策の実務に携わった経験を生かし、弁護士の指導・監督の下で、事実関係の整理、公開資料の調査及び取引の経緯の把握などを通じて業務を支えてまいります。捜査の現場では、問題が表面化した後に初めて経緯をさかのぼって確認することが少なくありませんでした。だからこそ今は、企業が事態の深刻化する前に違和感を見過ごさず、適切に立ち止まることのできる環境づくりの重要性をお伝えしたいと考えています。
一見すると何の問題もない取引について、どこまで確認すべきなのかを判断することは容易ではありません。しかし、契約の内容、取引相手の実体、資金移動の経路という三つの観点を丁寧に照らし合わせることは、過度に取引を萎縮させることなく、重大なリスクの兆候に気付くための実務的な出発点となります。今後も、元警視庁捜査員としての経験を、企業の皆様にとって具体的に役立つ言葉にしてお届けしてまいります。
井上 慎也 SAKURA法律事務所 パラリーガル。2005年に警視庁へ入庁し、地域警察、機動隊及び組織犯罪対策部門等を経験。外国人犯罪、薬物・銃器犯罪、マネー・ローンダリング及び犯罪収益に関する捜査等に従事した。2024年には金融庁に出向し、金融機関に対するマネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策の検査、疑わしい取引の参考事例の改定に関する業務等に携わった。2026年に警視庁を退職し、同年9月よりSAKURA法律事務所に参画。現在は弁護士の指導・監督の下、企業法務・危機管理に関する調査及び事実関係の整理等を支援している。
以下の資料はいずれも公的機関が公表した一次資料であり、資料名をクリックすると原資料をご覧いただけます。本稿は2026年10月22日時点で確認できる資料及び法令の施行状況を踏まえています。
警察庁「令和7年犯罪収益移転危険度調査書(概要版)」。令和7年11月公表。法人、口座及び多段階送金の悪用に関する分析を参照。
警察庁「年次報告書、危険度調査書など」。危険度調査書本文及び「犯罪収益移転防止に関する年次報告書」の最新版を確認できる公式掲載ページ。
警察庁「令和7年警察白書・匿名・流動型犯罪グループの情勢」、「同グループへの対策」。組織構造、犯罪収益の移転手法及び警察の対応を参照。
警察庁「令和8年犯罪収益移転防止法の改正について」。2026年7月10日施行部分と、施行時期の異なる制度を区別するために参照。
金融庁「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」の一部改正について(2026年3月31日)。金融機関等におけるリスクベースの管理態勢を参照。
犯罪対策閣僚会議幹事会「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」。企業による関係遮断及び組織的対応の基本原則を参照。
e-Gov法令検索「犯罪による収益の移転防止に関する法律」。特定事業者に課される法定義務等を確認。
反社会的勢力との取引関係の遮断、匿名・流動型犯罪グループに関連する取引リスク、マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策、取引先審査、決済条件の変更に伴う法的検討、金融機関からの照会、不審な入出金が判明した場合の社内調査等については、SAKURA法律事務所へお問い合わせください。ご相談には弁護士が対応し、事実関係、契約内容及び適用法令に照らして対応方針を検討いたします。
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本稿は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に関する法律意見を提供するものではありません。取引先に関する具体的な措置、法令上の義務及び犯罪成立の判断は、個別の事情により異なります。