COLUMN
2026.11.05

SAKURA法律事務所は、このたび、当事務所所属のパラリーガルであり、警視庁における組織犯罪・犯罪収益対策の捜査と、金融庁における金融機関のマネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策の検査を経験した井上慎也による第3回コラム「銀行から突然届く『取引確認書』にどう答えるか――金融庁の検査現場と元警視庁捜査員の視点から読み解く、企業が取るべき説明実務と取引保全」を公開いたしました。
銀行から「お取引目的等の確認」を求める書面が届いたり、特定の振込について契約書、請求書、役務提供の実績その他の資料の提出を依頼されたりすることがあります。これらは金融機関による継続的な顧客管理や取引確認の一環として行われるものであり、照会を受けた事実だけから不正を疑われていると判断すべきではありません。他方、説明や資料の提出が十分でない場合には、銀行が取引の継続や送金の取扱いを慎重に判断することもあります。
本稿では、なぜ金融機関が取引の背景を確認するのかという制度上の理由を示した上で、企業が照会内容をどのように整理し、客観的な資料をどのように揃え、社内で誰が対応すべきかを実務に即して解説します。金融機関から届いた確認依頼が真正なものであるかを確かめることの重要性にも触れ、マネー・ローンダリング対策と企業の取引継続を両立させるための視点を提示しています。
井上は、2005年から2026年まで警視庁に勤務し、2018年には警視庁のマネロン対策室、2024年からは金融庁総合政策局リスク分析総括課金融犯罪対策室への出向を経験しました。捜査と金融行政の双方に携わった経験を背景に、現在は当事務所の弁護士の指導・監督の下で、企業法務及び危機管理に関する業務を補助しています。
以下、コラム全文を掲載いたします。
SAKURA法律事務所 パラリーガル・コラム 第3回
金融庁の検査現場と元警視庁捜査員の視点から読み解く、企業が取るべき説明実務と取引保全
執筆 井上 慎也 | SAKURA法律事務所 パラリーガル(元警視庁捜査員・金融庁出向経験)
SAKURA法律事務所でパラリーガルを務めております井上慎也です。これまでの2回のコラムでは、マネー・ローンダリング対策は金融機関だけの問題ではないこと、そして匿名・流動型犯罪グループ(いわゆるトクリュウ)による法人名義口座の悪用リスクについてお伝えしてきました。第3回となる本稿では、企業の経理・財務部門や経営層の方々が対応に悩むことのある、取引銀行から突然届く確認書面への対応に焦点を当てたいと思います。
ある日、取引銀行から「お取引目的等に関するご確認のお願い」という封書が届くことがあります。あるいは、特定の入金や外国為替送金について、契約書、請求書、取引の相手方や資金使途を説明する資料の提出を求められることもあります。長年取引してきた銀行から突然そのような照会を受ければ、「これまで何の問題もなかったのになぜ今さら」「単なる形式的なアンケートだろう」と感じるかもしれません。多忙な現場では、回答を後回しにし、担当者が「通常の商取引のため」と一行だけ記載して返送しようとすることも考えられます。
しかし、金融機関からの確認依頼には、単なる情報更新にとどまらない意味があります。銀行は、顧客との取引関係や実際の資金移動を理解した上で、リスクに応じた管理を行うことが求められています。必要な確認ができないときには、個別の送金が保留されたり、銀行が預金規定や取引状況等に照らして新規取引や既存取引の取扱いを見直したりする場合があります。企業の側も、回答を単なる事務作業として片付けず、自社の取引を第三者に説明するための実務として捉える必要があります。
金融機関による確認の背景には、国際的なマネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策の枠組みと、それを踏まえた国内の法令・監督上の要請があります。金融庁は「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」を公表し、2026年3月31日には改正後のガイドライン及び関連FAQの適用を開始しました。金融機関には、口座開設時の確認だけでなく、顧客属性、取引目的、取引の実態や状況の変化を把握し、リスクに応じて管理態勢を維持・高度化することが求められています。
私は警視庁において犯罪収益の流れを追う捜査に携わった後、金融庁への出向中に、金融機関のマネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策について検査等の業務に従事しました。そこで強く感じたのは、書類を形式的に回収することと、取引の内容を実質的に理解することとは別であるという点です。顧客の説明と取引の実態との間に不一致があれば、その背景をさらに確かめ、説明の合理性や裏付け資料を検証する必要があります。これは個別の検査事案を紹介するものではなく、私が一般的な職務経験を通じて得た問題意識です。
もっとも、銀行からの照会が全て疑わしい取引の発見を契機とするわけではありません。金融庁や全国銀行協会の公表資料が説明しているように、金融機関は顧客情報や取引目的について定期的な更新をお願いすることがあります。一方で、特定の取引について通常より詳細な資料が求められる場合には、リスクに応じた追加確認が行われている可能性もあります。企業として大切なのは、照会を受けたこと自体に過度に反発するのでも、漫然と回答するのでもなく、確認を求められた事項を正確に理解することです。
金融機関の取引モニタリングでは、顧客の事業内容や平常時の取引状況に照らし、通常とは異なる資金移動に注意が向けられる場合があります。警察庁「令和7年犯罪収益移転危険度調査書」も、法人や預貯金口座が犯罪収益の移転に悪用されるリスクを分析しています。ただし、個々の金融機関がどのような検知基準やシステムを採用しているかは一律ではありません。ここでは、一般的に追加の説明を求められる可能性のある取引上の特徴を、企業側から考えてみます。
例えば、設立間もない法人の口座へ事業規模に比して大きな資金が着金し、短期間のうちにその大部分が別の口座へ移される場合や、長く取引のなかった口座で突然高額な入出金が繰り返される場合です。資金の受領から送金までの時間が短いこと自体に違法性があるわけではありませんが、銀行から見れば、その会社がなぜ資金を受け取り、どのような契約上の根拠で移転させているのかを確かめる必要が生じ得ます。
また、契約書に記載された取引相手とは異なる第三者名義の口座から入金があったり、支払先を当初の合意と異なる別法人や個人名義の口座に変更するよう求められたりする場合にも、説明が重要となります。海外への送金が複数の口座を経由する場合、登記上の事業内容と実際の取引の性質との間に大きな隔たりがある場合、役務の内容や成果物が明確でない高額なコンサルティング料・前払金が発生する場合にも、契約関係と実際の資金の流れを結び付けた説明が求められることがあります。
もちろん、事業拡大、新規プロジェクト、事業承継、グループ内の資金集中管理、債権譲渡や海外取引に伴い、こうした資金移動が正当な理由で発生することは珍しくありません。一つの特徴が認められるだけで、不正や犯罪との関係が推認されるわけではありません。問われているのは、その取引が自社の正当な事業活動として、第三者に対して筋道立てて説明できるかどうかです。
銀行から取引確認の連絡を受けた際、まず避けるべきは、回答期限を確認しないまま放置することと、取引の実態を伴わない抽象的な説明だけで済ませることです。私は警察の捜査現場で犯罪収益の流れを分析する中で、当事者自身が「正当な取引だった」と確信していることと、その正当性を第三者が資料から確認できることは別の問題だと痛感してきました。金融機関にとっても重要なのは、顧客の説明が契約内容、履行の記録、実際の入出金と整合しているかという点です。
そのため、取引の基本関係を示す基本契約書、個別契約書、発注書や受注書といった資料を出発点に、商品であれば納品書や輸送書類、役務であれば業務完了報告書、成果物、議事録等によって、実際に何が提供されたのかを確認できる形に整えることが有用です。請求書、見積書、価格算定の根拠等は、金額の合理性を説明する上で重要となります。契約の相手方と振込先又は着金元の名義が一致しない場合には、債権譲渡、収納代行、グループ内決済その他の法的・経済的な背景を示す契約関係や説明書面を用意する必要があるでしょう。
ただし、資料は多ければよいというものではありません。銀行が何を確認したいのかを把握し、誰と誰の間のどの契約に基づき、どのような商品又は役務が提供され、その対価としてなぜその金額が、なぜその口座を経由して支払われたのかを、一貫した説明にまとめることが重要です。説明文と添付資料との間で日付、金額、当事者名、口座名義等に食い違いが生じていないかまで点検しなければなりません。実際には存在しない取引経緯を後から作り込むことや、資料の体裁だけを整えることは、かえって信用を損なう原因となります。
提出資料には、取引先の秘密情報、個人情報、営業上の機微情報が含まれる場合もあります。銀行側の照会目的との関係で提出範囲を検討し、必要に応じて秘密保持や情報の取扱いを確認した上で、過不足のない資料を用意することが望まれます。期限内の回答が難しい場合には、無回答のまま期限を過ぎるのではなく、銀行に早めに連絡して事情を説明し、追加資料の提出日程等について協議することが重要です。
ここで、もう一つ忘れてはならないことがあります。銀行から届いたように見える確認書面や電子メールが、必ずしも正規のものとは限らないということです。金融庁及び全国銀行協会は、マネー・ローンダリング対策を名目として暗証番号、インターネットバンキングのログインID・パスワード等を盗み取ろうとするフィッシング詐欺について注意を呼びかけています。金融機関が取引目的等の再確認を行うこと自体は正当な業務ですが、それを装う不正な連絡も存在します。
照会を受けた場合には、書面に記載されたURLや電話番号だけに依存せず、必要に応じて銀行の公式ウェブサイト、既存の取引担当者、通帳等に記載された正規の連絡先から照会の真正性を確認することが大切です。正規の依頼であることを確かめた上で、必要な資料を安全な方法で提出する。この順序を守ることも、企業の資金及び情報を守るための重要な実務です。
金融機関からの照会対応を、最初に連絡を受けた経理担当者一人に委ねることは適切ではありません。送金の背景を把握しているのは営業部門や事業部門であり、契約上の権利義務を検討できるのは法務部門、資金繰りへの影響を評価するのは財務部門や経営陣であることが多いからです。期日直前になって必要な資料が揃わない事態を避けるためにも、社内で照会を受けた時点で対応責任者と関係部署を定め、事実確認と資料の収集を並行して進めることが重要です。
その際、企業としての回答方針と、実際の取引先に対するリスク評価は分けて考える必要があります。銀行への説明を急ぐあまり、事情を十分に確かめずに取引相手を反社会的勢力と断定したり、一方的に契約を打ち切ったりすれば、別の法的紛争につながるおそれがあります。取引停止や解除を検討するのであれば、契約条項、事実関係、決済の履行状況及び関係法令を踏まえて、慎重に判断する必要があります。
また、照会を受けた経緯、銀行から求められた事項、社内の確認結果、資料の提出状況、その後の銀行とのやり取りについて、適切な記録を残しておくことが重要です。記録が整っていれば、担当者が異動した場合にも説明の連続性を保ちやすく、後日、取引の適正性や社内判断の根拠を検証する際にも役立ちます。逆に、口頭の説明だけに依存していると、何を確認し、何を回答したのかという基本的な経緯さえ不明確になりかねません。
金融機関との円滑な取引関係は、企業活動を継続するための重要な基盤です。銀行からの確認要請は、時として負担に感じられるものですが、自社の契約管理、取引先審査、決済管理及び社内報告の仕組みが適切に機能しているかを見直す機会でもあります。必要な情報を正確に把握し、客観的な資料に基づいて説明できる体制を日頃から整えておくことが、結果として不必要な取引上の支障を抑え、企業の信用を維持することにつながります。
SAKURA法律事務所では、弁護士が主体となり、金融機関から取引照会を受けた際の対応方針の検討、取引背景の説明書面及び添付資料の整備、取引先との契約関係や決済スキームの法的検討、必要に応じた取引停止・契約解除の判断、マネー・ローンダリング及び反社会的勢力リスクに関する社内規程・報告体制の整備等について、企業の実情に応じた支援を行っています。法律上の義務の内容や実際に必要な対応は、企業の業種、取引内容及び契約関係によって異なるため、個別の状況に即した検討を重視しています。
私も、金融庁での検査業務と警察捜査を通じて培った視点を生かし、弁護士の指導・監督の下で、事実関係の整理、資料の検証、公開情報の収集等を通じて企業の取引安全を支えてまいります。銀行からの確認にどう回答すべきか迷われている場合、取引先との決済条件や資金の流れに不安を感じられた場合には、問題が深刻化する前にご相談いただくことが重要です。
井上慎也。SAKURA法律事務所パラリーガル。2005年、警視庁に入庁。地域警察、機動隊での勤務を経て、組織犯罪対策部門で来日外国人が関係する犯罪、薬物・銃器犯罪、マネー・ローンダリング事犯等の捜査に従事。2018年、警視庁組織犯罪対策部組織犯罪対策総務課マネロン対策室に配属。2021年に警部補へ昇任し、麻布警察署組織犯罪対策課において捜査業務を担当した。2024年4月から金融庁総合政策局リスク分析総括課金融犯罪対策室へ出向し、金融機関に対するマネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関する検査や「疑わしい取引の参考事例」の改定業務に携わった。2026年6月に警視庁を退職し、同年9月からSAKURA法律事務所に参画。現在は弁護士の指導・監督の下で企業法務・危機管理案件の法律業務を補助している。
本稿のうち職務経験に関する記述は、執筆者自身の一般的な経験及び公開情報に基づく考察であり、警視庁又は金融庁その他の公的機関の公式見解を示すものではありません。また、非公開の個別事件、検査内容又は金融機関固有の監視基準を紹介するものではありません。
本稿は、2026年11月4日時点で確認できる公表情報に基づいています。制度や取引確認の趣旨については、金融庁「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」2026年3月31日改正・適用に関する公表資料、金融庁「金融機関におけるマネロン・テロ資金供与・拡散金融対策について」、金融庁「金融機関窓口や郵送書類等による確認手続にご協力ください」及び全国銀行協会「あなたの返信が、犯罪を防ぐ。」を参照しました。
犯罪収益移転の危険性や法人・口座の悪用に関する一般的な分析については、国家公安委員会・警察庁「令和7年犯罪収益移転危険度調査書」及び警察庁の年次報告書・危険度調査書一覧を参照しています。また、確認依頼を装う詐欺に関しては全国銀行協会「金融機関のマネロン等対策を騙ったフィッシングメールにご注意ください」を、関係法令についてはe-Gov法令検索「犯罪による収益の移転防止に関する法律」を参照しました。
金融機関からの取引確認レターや個別送金に関する照会への対応、取引背景の説明書面及び裏付け資料の整備、取引先審査や契約・決済条件の見直し、マネー・ローンダリング及び反社会的勢力リスクに対応した社内規程・報告体制の構築等については、SAKURA法律事務所までお問い合わせください。ご相談には弁護士が対応し、事実関係及び関係法令を確認した上で、具体的な対応方針をご提案いたします。
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本稿は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別事案に対する法律意見を構成するものではありません。銀行の照会への対応方法や提出すべき資料は個別事情によって異なります。