SAKURA法律事務所 代表弁護士 道下剣志郎 Legal Update
2026年10月1日(2026年10月16日訂正)
SAKURA法律事務所 代表弁護士 道下 剣志郎
SAKURA法律事務所は、このたび、代表弁護士 道下剣志郎によるLegal Update第29回として、「ステーブルコイン(電子決済手段)の法務と実務――発行・償還、信託型、外国発行、仲介、AML/CFT及び2026年改正【2026年版】」を公開いたしました。
ステーブルコインをめぐる法務は、「価格が法定通貨に連動する暗号資産」という理解から出発すると、制度の核心を取り違えます。日本法は、法定通貨の価値と連動し、発行価格と同額での償還を約するなど決済手段としての性格を有する一定のデジタルマネーを、暗号資産とは別に「電子決済手段」として規律しています。したがって、日本でステーブルコインを発行・販売・仲介・保管・移転する事業を設計する際には、トークンの技術仕様だけでなく、誰が法定通貨での償還債務を負うのか、その債務をどの財産で裏付けるのか、利用者は誰に償還請求できるのか、流通を誰が担うのかという法的構造を最初に確定する必要があります。
日本では2023年6月に電子決済手段等取引業の制度が施行され、その後の実務と国際的なステーブルコイン市場の発展を踏まえ、2025年に資金決済法が再び改正されました。同改正法は2026年6月1日に施行され、信託型ステーブルコインの裏付資産運用の柔軟化や電子決済手段・暗号資産サービス仲介業の創設が実務に入っています。また、同日施行の関連府令等により、外国法に基づく信託受益権型ステーブルコインの取扱範囲も拡大されました。さらに、2026年8月にはトラベルルールの対象法域が追加されるなど、AML/CFTの実装も更新されています。
2026年6月26日の金融担当大臣会見では、SBIグループが公表した信託型円建てステーブルコインについて、国内初の信託型円建てステーブルコインとして、決済の高度化やトークン化金融商品の利便性向上に資する取組との評価が示されました。これは、日本のステーブルコイン制度が「法制度を整備する段階」から「実際の発行・利用を前提に制度を運用する段階」へ移りつつあることを象徴しています。
本稿では、2026年10月1日時点の資金決済法、犯罪収益移転防止法、関係政令・内閣府令、金融庁の事務ガイドラインその他の公表資料を踏まえ、日本でステーブルコイン事業を構築する金融機関、信託会社、FinTech・Web3企業、決済事業者、海外発行者、電子決済手段等取引業者、General Counsel及び投資家が理解しておくべき論点を、発行から償還、流通、クロスボーダー、AML/CFTまで一つの実務フローとして整理します。
本稿の要旨
日本法上、いわゆる法定通貨建てステーブルコインのうち、法定通貨の価値と連動し、発行価格と同額で償還を約するなど一定の要件を満たすものは、原則として資金決済法上の「電子決済手段」として分析します。これに対し、アルゴリズム等によって価格安定を図るものや、償還構造が電子決済手段の要件を満たさないトークンは、暗号資産その他の法的類型となり得ます。したがって、「stablecoin」という呼称だけでは適用法令は決まりません。
電子決済手段の規制は、発行と流通を分けて設計されています。発行・償還は為替取引として銀行・資金移動業者等の規制と接続し、特定信託受益権型では信託会社等による信託構造が用いられます。他方、電子決済手段の売買・交換、その媒介等を業として行う場合には、原則として電子決済手段等取引業の登録が問題となります。2026年6月からは、所属業者の委託を受け、利用者財産を預からず媒介のみを行う事業者向けに、電子決済手段・暗号資産サービス仲介業の新制度が利用可能となりました。
信託型ステーブルコインについては、2026年6月施行の改正により、発行見合い金の全額を要求払預貯金のみで保有する従来の枠組みから、一定の短期国債や中途解約可能な定期預貯金による運用を限定的に認める制度へ移行しました。現行府令は、所定の要求払預貯金で管理する額が信託財産総額の50%以上を占めることを求めています。対象資産、通貨、満期、評価及び不足額解消にも要件があり、収益性のために自由な資産運用が認められたわけではありません。
外国発行ステーブルコインを日本で取り扱う場合には、発行者が所在する法域の規制が日本の制度と同等と評価できるか、発行者の償還能力・資産保全・監督体制が十分か、日本側の電子決済手段等取引業者が利用者保護のための資産保全等を確保できるかを検討します。事務ガイドラインは、電子決済手段等取引業者等を除く利用者について、指図に基づく外国電子決済手段の一回当たりの移転可能額を100万円以下とすることや、一人当たりの管理額が100万円を超え、移転の蓋然性が低いと判断されるものについて買取り等の措置を講じることを示しています。一律の保有上限と単純化せず、対象者と措置の発動条件を分けて確認する必要があります。
AML/CFTはステーブルコイン実務の中核です。電子決済手段等取引業者には取引時確認、疑わしい取引の届出、トラベルルールその他の犯罪収益移転防止法上の義務が問題となります。特定信託受益権の一部へのトラベルルールの対象拡張は、2026年6月10日公布の令和8年法律第34号第2条による別の改正であり、同法附則が定める政令指定日の施行管理を要します。2026年8月3日に施行された外国法域の追加とは、改正対象と適用時期を区別する必要があります。
1 償還請求権と発行者の法的地位から事業構造を確定する
ステーブルコインの法的評価で最も重要なのは、価格が1円又は1米ドルに「近い」かではなく、利用者が誰に対して、どの法的根拠に基づき、どの通貨で、いつ償還を請求できるかです。資金決済法上の電子決済手段は、法定通貨の価値と連動して発行され、発行価格と同額で償還を約するもの等を中心に制度設計されています。この構造は、単に市場取引によって価格が安定している暗号資産とは異なります。
実務上は、発行主体、償還債務者、利用者の直接請求権、裏付資産の法的帰属、倒産時の分離、送金上限、滞留規制、権利移転方法を一つの図にして確認することが有効です。スマートコントラクトが正常に作動していても、発行者が償還できない、裏付資産が発行者の一般財産と混在する、又は利用者が発行者へ直接権利行使できないのであれば、「stable」という経済的表示と法的安全性は一致しません。したがって、ステーブルコイン事業ではコード監査より先に、償還債務と倒産隔離の構造を確定することが必要です。
資金決済法上の電子決済手段には複数の類型があります。典型的には、銀行又は資金移動業者等による為替取引として発行されるデジタルマネー型の電子決済手段と、信託を用いる特定信託受益権型の電子決済手段を区別して考える必要があります。前者では発行者自身の送金・償還債務と利用者資金の保全が中心となり、後者では信託財産、受託者、受益権、償還条件及び受益者保護が制度の中核となります。
この違いは、サービスの利用者体験以上に、誰が金融規制上の発行主体となるか、どの財産が裏付けになるか、倒産時に何が保護されるか、利息又は運用益を誰が取得するかという事業モデルそのものを左右します。企業が「自社ブランドのステーブルコイン」を発行したい場合であっても、自社が当然に発行者になれるわけではありません。発行主体とブランド提供者、プラットフォーム提供者、販売・仲介者、ウォレット事業者を分け、各主体の登録・許認可と契約責任を設計する必要があります。
信託型であること自体が、償還の実務を完成させるわけではありません。信託契約では、受益権の発行・消滅、裏付資産の不足、受託者と取引業者の保有者情報の連携、凍結や誤送付の訂正、事業者破綻時の対応を具体化する必要があります。利用者が信託財産に対してどの権利を有するかと、システム上その権利を行使できるかを併せて確認します。
2 信託型の裏付資産運用と額面償還の確実性を両立させる
特定信託受益権型の電子決済手段について、従来は発行見合い金の全額を一定の銀行等への要求払預貯金で管理することが求められ、高い流動性と元本安全性を確保する一方、発行者側の経済性には制約がありました。2025年改正資金決済法と2026年6月1日施行の関連政府令等は、この構造を見直し、一定の短期国債及び中途解約可能な定期預貯金等による運用を限定的に認める制度へ移行しました。
施行後の基準は、政策検討段階の「発行額の半分まで運用できる」という説明よりも精密です。電子決済手段等取引業者に関する内閣府令第3条は、所定の要求払預貯金で管理する額が信託財産の総額に占める割合を50%以上とすることを求め、残る部分についても所定の定期預貯金又は対象となる国債等に運用方法を限定しています。債券は取得日から3か月以内に満期が到来すること、円建て・外貨建てそれぞれの通貨その他の適格要件を満たすことが必要です。「発行額の50%」を法定の算定基準に置き換えて用いるべきではありません。利用者の額面償還を支える流動性と信用性を維持することが、制度の基本にあります。
運用が認められる範囲が広がれば、評価額と流動性の管理は従来以上に重要になります。信託財産の一部を所定の債券の保有により運用する場合、信託契約には、受託者が信託財産の元本の評価額を時価により算定することに加え、その評価額が受益権の履行等金額の合計額に満たなくなったときは、その日の翌日から起算して2営業日以内に委託者が不足額を解消することを定める必要があります。満期、銀行等への集中、評価損、換金に要する時間を償還シナリオへ織り込み、補填資金の調達、実行責任者、エスカレーション及び報告を契約と運用規程で具体化すべきです。法定の組入基準を満たすことと、ストレス時にも遅滞なく償還できることは、別々に検証する必要があります。
この改正を受け、2026年6月の金融担当大臣会見では、SBIグループが公表した信託型円建てステーブルコインが、国内初の信託型円建てステーブルコインとして言及されました。日本の制度は、抽象的な制度設計から実発行・実流通を支える段階に入っており、今後は発行体の信用だけでなく、裏付資産管理、償還オペレーション、銀行口座、信託事務、サイバーセキュリティ及び会計・税務を含む運用の完成度が問われます。
3 発行・流通・媒介を分け、各主体の登録と責任を接続する
電子決済手段の発行・償還と、二次的な売買・交換・媒介は、法的に別の機能です。発行者が適法にステーブルコインを発行したとしても、第三者が日本国内でその電子決済手段の売買・交換、その媒介・取次ぎ・代理や一定の管理を業として行う場合には、電子決済手段等取引業の登録が問題となります。逆に、電子決済手段等取引業者であることが、独自にステーブルコインを発行できることを意味するわけでもありません。
したがって、事業スキームでは、発行者、償還窓口、電子決済手段等取引業者、銀行・資金移動業者、信託会社、ウォレット提供者、KYC事業者、加盟店、API提供者等の役割を分解し、どの会社がどの法定行為を行うかを確認する必要があります。特に、利用者がアプリ上で「購入する」ボタンを押した後、誰との契約が成立し、誰が法定通貨を受領し、誰がトークンを移転し、誰が償還を履行するのかを契約・UI・会計処理まで一致させることが重要です。
2026年6月1日から、電子決済手段等取引業者又は暗号資産交換業者の委託を受け、その所属業者のために電子決済手段又は暗号資産の売買・交換の媒介のみを行う事業者を対象とする「電子決済手段・暗号資産サービス仲介業」の登録制度が開始されました。利用者財産を自ら預からず、所属業者の指導・監督の下で媒介機能に限定することで、フルライセンスよりも限定された事業モデルを可能にする制度です。
この制度は、EC、FinTechアプリ、法人向け財務管理、決済UI、Web3ウォレット等にステーブルコインの購入・交換機能を組み込む上で重要です。ただし、「画面を提供しているだけ」「APIをつないでいるだけ」という名称では結論は出ません。利用者に対する勧誘の主体、取引条件の提示、注文受付、報酬構造、顧客情報の管理、所属業者との契約、利用者資産へのアクセスを踏まえ、媒介に該当するか、仲介業の範囲を超えて電子決済手段等取引業に該当しないかを実質的に検討する必要があります。
4 外国発行物の流通と日本利用者への直接発行・償還を区別する
米ドル建てその他の外国発行ステーブルコインを日本で取り扱う場合、日本側の電子決済手段等取引業者は、当該電子決済手段が日本法上の外国電子決済手段として取り扱うことのできる商品かを確認する必要があります。2026年6月施行の改正では、日本の電子決済手段制度との同等性が確保された外国法に基づく信託受益権を電子決済手段として取り扱う範囲が拡大され、外国法制との「同等性」がより明確な判断要素となりました。
実務上は、発行者が適切な海外免許・登録を有するかだけでなく、償還義務、準備資産、監査・証明、発行者破綻時の利用者保護、監督当局との連携、制裁・凍結機能、技術的な送付制限等を確認することになります。事務ガイドラインI-1-2-3(2)は、電子決済手段等取引業者等を除く利用者の指図による移転について、自己管理ウォレットへの移転等も含め、一回当たり100万円以下に限定する措置を示しています。また、一人当たりの管理額が100万円を超える場合でも、買取り等の対象となるのは、そのうち移転がなされる蓋然性が低いと判断されるものです。これらは資産保全義務に追加される利用者保護措置であり、「100万円を超えた保有はすべて直ちに禁止される」という一律の説明にはなりません。グローバルに流通している商品であっても、日本では対象者と利用態様に応じたUX及び残高管理を設計する必要があります。
外国ステーブルコインの発行者が、海外から日本の一般利用者に直接トークンを発行し、直接償還請求を受ける構造は、「海外事業者だから日本の発行規制は関係しない」と単純化できません。事務ガイドラインは、電子決済手段等取引業者等を除く国内利用者に対し、外国電子決済手段の発行者が自ら発行又は償還を行う場合には、国内で為替取引を行うこととなり、銀行等の免許又は資金移動業の登録等が必要となることに留意すべき旨を示しています。日本の登録取引業者等との業者間取引と、国内一般利用者に対する直接提供を区別して検討する必要があります。
したがって、海外ステーブルコインの日本参入では、発行者が日本利用者との直接関係を持つのか、日本の登録業者が買取り・償還リスクを引き受けるのか、海外発行者との契約に日本側の資産保全義務を支える補償・償還メカニズムがあるかを設計する必要があります。単なる「日本語サイトの有無」ではなく、発行・償還・販売・カストディの各機能がどこで行われるかが規制判断の核心です。
クロスボーダー案件では、発行者、準備資産保管者、日本の販売者、流動性提供者及びシステム提供者が異なる国に所在することがあります。法定通貨の受領、準備資産の保有、発行・焼却、KYC、顧客との契約、償還及びデータ保管の各地点を可視化し、金融規制、制裁、個人情報保護及び外部委託規制を重ねて確認する必要があります。
5 AML/CFT・トラベルルールと管理者権限を一体で設計する
ステーブルコインは、価格変動が相対的に小さく、24時間移転可能で、クロスボーダー送付やDeFi・取引所との接続にも利用され得ることから、マネー・ローンダリング、詐欺資金の移転、制裁回避等への悪用リスクが国際的に注目されています。FATFは2026年3月、ステーブルコイン及びアンホステッド・ウォレットを対象とする報告書を公表し、不正利用リスクと各国の対応を整理しています。
日本では、電子決済手段等取引業者について、犯罪収益移転防止法に基づく取引時確認、疑わしい取引の届出及び対象となる移転のトラベルルールを検討します。特定信託受益権については、2026年6月10日公布の令和8年法律第34号第2条が、同法第10条の2の対象から除かれる範囲を、受益証券発行信託に係る特定信託受益権のうち無記名受益権に該当しないものへ限定する改正を定めています。これは、単に保有者情報の管理が不十分なら一律に適用するという基準ではなく、信託の法的類型に応じた対象拡張です。当該改正の施行は、同改正法附則第1条本文により公布の日から1年以内の政令指定日とされており、2026年7月10日に施行された同改正法第1条の罰則改正とは別に管理しなければなりません。施行期日政令と経過措置を確認せず、資金決済法の6月改正に伴って当然に適用済みとなった制度として扱うことは適切ではありません。他方、2026年8月3日に施行された外国の対象法域の追加は、通知先となる外国事業者に関する別の改正であり、商品類型、移転主体、相手方法域及び取引時点をそれぞれ確認する必要があります。
実務上は、KYCをオンボーディング時に一度行うだけでは不十分です。送付先ウォレット、取引相手方VASP、アンホステッド・ウォレット、取引パターン、チェーン分析、制裁リスト、詐欺被害情報を継続的にモニタリングし、凍結・送付拒否・追加確認ができる権限を利用規約とシステムの双方に実装する必要があります。
ステーブルコインのスマートコントラクトには、ブラックリスト、凍結、バーン、再発行、管理者権限等が実装される場合があります。分散性だけを重視すれば、こうした機能は中央集権的と評価されることがあります。しかし金融規制・利用者保護の観点では、不正送金、秘密鍵漏えい、裁判上の差押え、制裁対象者、相続、誤送付、発行者による償還等へ対応するため、一定の管理権限が必要となることがあります。
重要なのは、「管理者が何でもできる」状態を許すことではありません。どの事由で誰が凍結・解除・焼却・再発行できるのか、複数署名や承認手続をどう設計するのか、裁判所・捜査機関・利用者からの要請にどう対応するのか、緊急時に監査ログを残せるかを、法的文書とコードの双方で一致させることが重要です。ステーブルコインの信用は、完全な不可逆性よりも、予測可能で統制された権限設計によって支えられる場面があります。
6 企業利用と契約において決済・償還・障害時の責任を明確にする
ステーブルコインのユースケースは、小売決済だけではありません。法人間決済、クロスボーダー送金、24時間の資金移転、トークン化預金・証券・不動産STの決済資産、オンチェーン担保管理、スマートコントラクトによるDelivery-versus-Payment等への利用が期待されています。2026年6月の金融担当大臣会見でも、信託型円建てステーブルコインがトークン化された金融商品の利便性向上に資するとの評価が示されています。
もっとも、企業がステーブルコインを決済資産として導入する場合、受領したトークンを誰がどの会計区分で保有するか、どのタイミングで法定通貨へ償還するか、カウンターパーティの信用リスクを誰が負うか、取引先倒産時に送金が確定しているか、誤送付を訂正できるか、営業時間外の流動性をどう確保するかを整理する必要があります。オンチェーンで瞬時に動くことと、企業財務として安全に使えることは別問題です。
なお、ステーブルコインとトークン化預金は、同じ技術を利用し得ても同一の権利ではありません。預金をトークンで記録する構造では、銀行に対する預金債権としての性質を前提に、保護の範囲や譲渡・決済の仕組みを検討します。これに対し、資金移動業者の債務又は信託受益権を基礎とする商品では、償還義務者、倒産時の地位及び資産保全が異なります。採用判断は、ブロックチェーンの共通性ではなく、取得する権利と決済最終性に即して行うべきです。
ステーブルコインは複数事業者の協働で提供されることが多く、発行者、受託者、電子決済手段等取引業者、仲介業者、ウォレット事業者、ブロックチェーン基盤、KYC事業者、銀行、加盟店等の間で契約が重層化します。障害や不正送金が発生した場合に「ブロックチェーン側の問題」「発行者側の問題」と責任を押し付け合う構造では、利用者保護も事業継続も機能しません。
契約上は、発行・償還、資産保全、送付の最終性、障害時の停止、フォーク・ネットワーク変更、秘密鍵・管理者権限、AML/CFT、データ共有、監査権、再委託、サイバーインシデント、利用者補償、損害分担、終了時の利用者資産返還までを一つのライフサイクルとして定める必要があります。利用規約、事業者間契約、システム仕様及び実際のオペレーションが同じ責任分界を示していることが重要です。
クラウド、ウォレット、KYC及びチェーン分析を外部へ委託する場合にも、規制対象事業者の管理責任は残ります。監査権、セキュリティ水準、事故報告、再委託、データ所在、事業継続、復旧目標、記録へのアクセス及び当局調査への協力を契約に反映し、サービス停止や委託先破綻の際に利用者対応が途切れない構造を確保する必要があります。
7 金融インフラとしてのガバナンスと危機対応を完成させる
ステーブルコイン事業は、発行直後の成長よりも、長期間にわたり額面償還を継続できるかによって信用が形成されます。経営陣は、準備資産の流動性、銀行・信託先集中、システム停止、サイバー攻撃、AML/CFT、海外規制、発行量急増時の償還需要、風評、スマートコントラクト障害等をストレスシナリオとして検証し、平時から意思決定権限と危機対応を定める必要があります。
危機対応では、銀行・保管者破綻、チェーン混雑、ブリッジ障害、発行鍵の侵害、誤発行及び販売者破綻などについて、誰が停止し、誰が償還を継続し、どの資産と情報へアクセスできるかを確認します。送付停止権限と発行権限、準備資産の移動承認とコード更新権限を一人に集中させず、緊急権限の行使記録と事後検証を設けることが、法的ガバナンスと技術的ガバナンスを接続します。
2026年の制度改正は、日本がステーブルコインの利用を単に促進したというより、安全性を基礎にしながら、発行・流通の実務を現実の市場へ適応させたものと評価できます。SAKURA法律事務所及び代表弁護士 道下剣志郎は、ステーブルコインを暗号資産規制の一論点としてではなく、銀行・資金移動・信託・決済・AML/CFT・IT・クロスボーダーを横断する金融インフラ法務として検討することが重要であると考えています。
FAQ
Q1 ステーブルコインは暗号資産ですか。
一律ではありません。日本法上、法定通貨と連動し、発行価格と同額での償還を約するなど一定の要件を満たすものは電子決済手段として規制されます。他方、電子決済手段の要件を満たさないアルゴリズム型等は暗号資産その他の類型となる場合があります。
Q2 一般企業が自社で円建てステーブルコインを自由に発行できますか。
通常はできません。発行・償還は為替取引規制と接続するため、銀行・資金移動業者等又は信託スキームを含む適切な発行構造を設計する必要があります。一般企業はブランド、利用用途、技術、加盟店網等を担い、規制上の発行主体を金融機関等と分ける構造が考えられます。
Q3 信託型ステーブルコインの裏付資産は国債だけで運用できますか。
できません。現行府令は、所定の要求払預貯金で管理する額が信託財産総額の50%以上を占めることを求めています。残る部分も、所定の定期預貯金又は取得日から3か月以内に満期が到来する対象国債等に限定され、通貨その他の要件があります。債券運用時は時価評価と不足額解消を信託契約に定める要件も確認する必要があります。
Q4 海外の有名な米ドルステーブルコインなら、日本でもそのまま販売できますか。
そのままではありません。外国電子決済手段としての適格性、発行国の法制度との同等性、発行者・準備資産・償還体制、日本側業者の登録及び資産保全等を確認する必要があります。現行ガイドラインでは外国電子決済手段固有の移転額等の制約もあります。
Q5 海外発行者が日本のユーザーに直接償還すればよいのではないですか。
金融庁の事務ガイドラインは、外国発行者が電子決済手段等取引業者等を除く国内利用者へ自ら発行又は償還を行う場合、日本国内で為替取引を行うこととなり、銀行等の免許又は資金移動業登録等が必要となることに留意すべき旨を示しています。クロスボーダーであることだけでは発行規制を回避できず、国内一般利用者への直接提供と登録業者等との業者間取引を区別する必要があります。
Q6 電子決済手段・暗号資産サービス仲介業と電子決済手段等取引業は何が違いますか。
新仲介業は、所属する登録業者の委託を受け、利用者財産を預からず売買・交換の媒介のみを行う限定的な制度です。自己で電子決済手段を管理したり、仲介を超える取引機能を提供する場合には、電子決済手段等取引業その他の規制を検討する必要があります。
Q7 ステーブルコインにはトラベルルールが適用されますか。
電子決済手段等取引業者等による一定の移転には適用されますが、すべてのステーブルコイン、すべての移転を一律に扱うことはできません。令和8年法律第34号第2条は、特定信託受益権について、受益証券発行信託に係るものであって無記名受益権に該当しないもののみを除外する方向へ対象を拡張しています。この部分は同法附則に基づく施行管理を要し、2026年8月3日の外国法域追加とは別に、商品類型・移転主体・相手方及び取引時点の規律を確認します。
Q8 企業間決済で使うだけなら規制は軽くなりますか。
法人向けであることだけで電子決済手段規制がなくなるわけではありません。もっとも、利用者属性、閉鎖的な利用範囲、発行・償還構造、取引業務の内容等により規制分析は変わります。B2B利用でもAML/CFT、契約、会計・税務、決済最終性及びシステムリスクを検討する必要があります。
Q9 スマートコントラクトに凍結機能を設けることは問題ですか。
むしろ不正利用・制裁・誤送付・秘密鍵漏えい等への対応上、一定の管理機能が必要な場合があります。重要なのは、凍結・解除等の権限、要件、手続及び監査可能性を、利用規約と技術実装の双方で明確にすることです。
Q10 ステーブルコイン事業を始める際、最初に何を決めるべきですか。
最初に、誰が発行・償還債務を負い、どの資産で裏付け、誰が流通・管理を担い、誰が日本の利用者と契約するかを確定すべきです。その上で、電子決済手段該当性、発行者規制、電子決済手段等取引業・仲介業、AML/CFT、外国規制、スマートコントラクト及び契約を一体で設計します。
代表弁護士 道下剣志郎「Legal Update」について
SAKURA法律事務所は、代表弁護士 道下剣志郎のプロフィールページを通じ、企業法務、M&A、Cross-Border、国際紛争、金融規制、Web3・Crypto、AI・IT、データ保護、知的財産、危機管理及び社内調査等に関するLegal Updateを継続的に公表しています。第27回では2026年改正暗号資産規制、第28回ではセキュリティトークン(STO)を扱い、第29回では、暗号資産・有価証券とは異なる決済・送金インフラとしてのステーブルコイン(電子決済手段)の法務を取り上げています。
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SAKURA法律事務所に相談できる事項
SAKURA法律事務所では、ステーブルコイン・電子決済手段、信託型ステーブルコイン、電子決済手段等取引業、電子決済手段・暗号資産サービス仲介業、海外発行ステーブルコインの日本取扱い、資金移動業、信託、AML/CFT・トラベルルール、Web3ウォレット、トークン化証券・STOとの決済連携、利用規約・事業者間契約、金融庁・財務局対応その他のデジタル決済・金融規制案件について相談を受け付けています。海外企業・海外法律事務所との英語での協働にも対応します。
お問い合わせ
ステーブルコイン、電子決済手段、デジタル決済その他の金融規制に関するご相談は、SAKURA法律事務所までお問い合わせください。
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〒106-0032 東京都港区六本木一丁目4番5号 アークヒルズサウスタワー4F
代表弁護士 道下 剣志郎
Web: https://sakura-lawyers.jp/
主な参考資料
2 犯罪による収益の移転防止に関する法律(e-Gov法令検索)
4 金融庁「電子決済手段等取引業・電子決済等取扱業を行うみなさまへ」
5 金融庁「電子決済手段・暗号資産サービス仲介業を行うみなさまへ」(2026年6月1日)
6 金融庁「令和7年資金決済法改正に係る政令の公布及びパブリックコメントの結果等について」(2026年5月22日)
7 金融庁「電子決済手段等取引業者に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令等の公布及びパブリックコメントの結果等について」(2026年5月19日)
8 金融庁「事務ガイドライン 第三分冊 17 電子決済手段等取引業者関係」
9 金融審議会「資金決済制度等に関するワーキング・グループ」報告書
10 金融庁「資金決済制度等に関するワーキング・グループ」資料―電子決済手段の発行に関する主な規制
11 金融庁「資金決済制度等に関するワーキング・グループ」資料―暗号資産・電子決済手段(ステーブルコイン)
12 金融庁「アクセスFSA第259号」―資金決済制度等に関するWG報告の政策解説
13 金融担当大臣記者会見概要(2026年6月26日)―信託型円建てステーブルコインへの言及
14 金融庁「FATFによるステーブルコイン及びアンホステッド・ウォレット(P2P)に関する報告書の公表について」(2026年3月6日)
15 金融庁「トラベルルールに係る対象国・地域の追加」(2026年7月7日、8月3日施行・英語)
16 金融庁「金融商品取引法施行令の一部を改正する政令等の公布及びパブリックコメントの結果について」―有価証券とみなさない特定信託受益権の範囲等(2026年5月22日)
19 SAKURA法律事務所 代表弁護士 道下剣志郎 プロフィール
20 金融庁「資金移動業者に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令」(2026年5月22日)―電子決済手段等取引業者府令第3条の改正、資料記載152~155頁
21 参議院「犯罪による収益の移転防止に関する法律の一部を改正する法律案」審議経過―2026年6月2日成立、6月10日公布、令和8年法律第34号
22 参議院「犯罪による収益の移転防止に関する法律の一部を改正する法律」―第2条の第10条の2改正及び附則第1条(成立法律の本文)
免責事項
本稿は、2026年10月1日時点で公表されている日本法令、金融庁その他の公的資料及び一般的な実務を基礎として、ステーブルコイン、電子決済手段その他のデジタル決済規制に関する一般的な情報を提供するものであり、特定のトークン、発行、償還、販売、仲介、送付又は事業についての法的助言又は法律意見を構成するものではありません。電子決済手段への該当性、発行主体に必要な免許・登録、電子決済手段等取引業・仲介業の要否、外国電子決済手段の取扱い、資産保全、移転額、AML/CFT・トラベルルール、スマートコントラクト、利用者保護その他の適用関係は、発行・償還構造、裏付資産、契約関係、利用者、販売地域、技術仕様その他の具体的事情により異なります。個別案件については、その時点で施行されている法令、政令・内閣府令、事務ガイドラインその他の最新資料を確認し、適切な専門家へ相談する必要があります。なお、令和8年法律第34号第2条による特定信託受益権のトラベルルール対象拡張は、同改正法附則が定める施行期日及び経過措置に照らして適用関係を確認する必要があります。