COLUMN
2026.10.23
SAKURA法律事務所は、代表弁護士 道下剣志郎によるコラムとして、オーナー社長の急逝に備える事業承継の法務を解説します。
社長が突然亡くなったとき、翌週の給与を誰が支払い、銀行との借入交渉を誰が引き継ぎ、会社を代表して誰が契約に署名するのか。業績が良く、後継者として期待される家族や幹部がいても、その人が法律上の権限を持っているとは限らない。オーナーが株式のすべてを保有し、唯一の取締役として経営している会社では、死亡によって株主としての権利を行使する体制と、会社を代表する体制の双方が一度に不安定になり得る。[1][2]
会社を継続させるには、遺産全体の分け方が決まる前にも、適法に議決権を行使し、必要な役員を選び、支払や契約を維持できる準備が要る。本稿では、日本の非上場株式会社を対象として、株式相続と代表者不在が重なる局面を起点に、死亡直後の対応から、生前に整えるべき遺言、資金及び経営体制までを検討する。経営者が残すべきものには、事業の価値に加えて、その価値を次の担い手が引き継ぐための法的な手順が含まれる。
会社の事業継続と相続人の権利を両立させるには、株式の帰属、議決権の行使、役員の選任及び資金の手当てを一つの承継計画として整える必要がある。遺産分割前でも後任選任を進める余地はあるが、準共有株式の適法な権利行使と、相続放棄への影響を確認することが前提となる。生前には、遺言による株式の集約だけでなく、遺留分等の支払原資、会社と社長個人の貸借及び保証、代表者の不在に耐えられる経営体制まで設計しておくことが重要である。[1][2][3][4][5][9]
オーナー企業では、株主、取締役、代表取締役という異なる立場が一人に重なっているため、日常の経営でその違いを意識する機会は多くない。しかし、株主として会社の重要事項を決める権利と、取締役として業務を執行する権限、会社を代表して対外的な法律行為をする権限は、法律上それぞれの根拠を持つ。社長の死亡に際しては、これまで一人の判断で連続していた手続を、いったん分けて確認しなければならない。[1]
会社は社長個人とは別の法人である。社長が亡くなったことだけで会社が消滅したり、会社に帰属する不動産、預金、売掛金がそのまま家族の相続財産になったりすることはない。相続の対象となるのは、社長が保有していた株式や、社長自身が会社に対して有していた貸付金債権などである。会社の資産を家族間で直接分けようとすれば、そもそも処分する権限があるのかという問題が生じる。[1][2]
他方、取締役の地位は株式とともに相続されない。取締役と会社との関係には委任に関する規定が適用され、本人の死亡によりその地位は終了する。会社法346条1項と351条1項は、任期満了又は辞任によって退任した者が後任の就任まで権利義務を持ち続ける場合を定めているが、死亡した社長について同じ仕組みが働くわけではない。登記簿に故人の氏名が残っていても、家族がその名義で会社の意思決定を続けてよいことにはならない。[1][2]
もっとも、代表者が死亡すれば会社の活動が一律に停止するという理解も正確ではない。他の代表取締役が存在する場合や、会社から適法に権限を与えられた担当者がその範囲で業務を行う場合には、継続できる行為がある。確認すべきなのは、会社自身が誰にどの権限を与えているかである。社長個人からの委任と会社からの委任を区別し、社内の役職名や印鑑の保管場所だけを根拠に権限の有無を判断しないことが、初動の前提となる。[1][2]
死亡の連絡を受けた段階で、登記事項証明書、現行定款、株主名簿、直近の役員選任に関する議事録を確保し、残る役員と株主の構成を確認する。そのうえで、当面の支払や取引を継続する担当者と、後任選任の手続を進める担当者を定める。会社の登記だけでは株主の構成までは分からず、税務上の株主資料も権利関係を最終的に確定するものではないため、過去の株式譲渡や相続の記録まで必要となることがある。資料の所在を生前から明らかにしておくことが、迅速な初動を支える。[1]
発行済株式のすべてを保有する社長が、株式の承継先を定める有効な遺言等を残さずに死亡し、配偶者と二人の子が共同相続する場面を考える。法定相続分が配偶者2分の1、各子4分の1であるからといって、発行済株式が自動的にその株数ずつに分かれ、それぞれが単独の株主として議決権を行使できるわけではない。遺産分割前の株式は共同相続人の準共有となり、各株式について複数の相続人が権利を共有する状態になる。財産全体に対する相続分と、個々の株式を単独で保有することは区別しなければならない。[2][3][4]
会社法106条は、株式が共有に属するとき、共有者が権利を行使する者一人を定め、その氏名又は名称を会社に通知することを原則として求める。会社が相続人それぞれの主張に応じて同じ株式の議決権を重ねて扱うことを防ぎ、権利行使の窓口を定める仕組みである。この指定は遺産分割とは異なるため、遺産の配分が決まる前にも、適法な権利行使の体制を整える余地がある。[1][3]
権利行使者の指定について、最高裁平成9年1月28日判決は、旧有限会社法及び旧商法の下で、準共有持分の価格に従う過半数で決めることができるとした。最高裁平成27年2月19日判決は、権利行使者の指定・通知を欠いた事案について、共有株式の議決権行使は、その行使によって直ちに株式を処分し、又は株式の内容を変更することになるなどの特段の事情がない限り、管理に関する行為として持分の価格の過半数で決せられると判示している。相続人の頭数による多数決でも、会社全体の株式保有比率による多数決でもなく、対象となる共有株式の持分を基準とする点に注意を要する。[3][4]
先ほどの例では、配偶者の2分の1だけでは過半数に達せず、二人の子が一致しても合計は2分の1にとどまる。これに対し、配偶者と一人の子が協力すれば、準共有持分の合計は4分の3となる。実際には、遺言、相続放棄、代襲相続等の有無を調べ、判断の前提となる持分を確定する作業が先行する。誰を権利行使者に指定したか、その協議と決定の経過を記録し、指定した者の氏名又は名称を会社に通知することが、後日の経営権紛争を防ぐうえでも重要になる。[2][3][4]
ここで、会社側が後継者による議決権行使を認めれば足りるという処理は危険である。平成27年の最高裁判決は、会社法106条の指定及び通知を欠いた権利行使が民法の共有に関する規定に従っていない場合、会社が同意しても適法にはならないとした。会社の同意は、相続人間に欠けている実体的な意思決定まで補うものではない。後継者の選任を急ぐあまり議決権の基礎を省略すると、選任決議そのものが争われ、銀行や取引先への説明もかえって難しくなる。[4]
したがって、経営を任せたい者が家族の間でおおむね決まっていても、株式についての権利行使者の指定と、取締役を選ぶ株主総会決議は別々に適法性を確かめる必要がある。権利行使者に指定されたことだけで、その者に株式の所有権が集約されたり、代表権が与えられたりすることもない。相続人の暫定的な協力によって会社の意思決定を回復しながら、株式の最終帰属を別途協議するという進め方が、実務上の出発点となる。[1][2][3][4]
ただし、故人に多額の個人債務や保証債務がある場合には、相続放棄の可能性も踏まえて手順を検討しなければならない。会社の継続を目的とする行為でも、相続株式の議決権行使が法定単純承認との関係で問題となることがあるため、権利行使を進める前に、相続の選択に及ぼす影響を確認する必要がある。[2]
議決権を行使する体制を確認した後は、その会社に適用される手順で後任を選ぶ。取締役は原則として株主総会で選任され、取締役会を置く会社では、代表取締役は原則として取締役会で選定される。取締役会を置かない会社では、各取締役による代表という原則と、定款、定款に基づく互選又は株主総会決議による代表取締役の定めを確認することになる。同じ非上場会社でも、定款と機関設計を見ずに一律の議事録で処理することはできない。[1]
取締役会設置会社についても、すべての株式に譲渡制限のある非公開会社では、取締役会に加えて株主総会の決議でも代表取締役を定められる旨の定款規定が有効とされた最高裁平成29年2月21日決定がある。残る取締役の人数、定足数、招集方法と併せて、定款上の特則を確かめる必要がある。既存の代表取締役が一人残っている場合と、取締役が一人もいなくなった場合では、必要な手続も、裁判所の関与を求める必要性も異なる。[1][5][6]
相続人らが協力できる場合には、まず会社内部で後任を選任できるかを検討する。会社法319条1項は、取締役又は株主による提案について、その事項につき議決権を行使できる株主全員が書面又は電磁的記録で同意したとき、株主総会決議があったものとみなす制度を設けている。株主からも提案できるため、取締役が不在という事情だけでこの方法が閉ざされるわけではない。ただし、共有株式の適法な権利行使、提案内容、全員の同意及び後任者の就任承諾等を整えることが前提となる。全員の同意が得られない場合にも、所定の要件を満たす株主による招集請求や、裁判所の招集許可を経た株主総会によって後任を選べないかを確認する。[1][5]
こうした内部の手続による選任が、株式の帰属や議決権行使をめぐる対立等によって現実には難しく、役員の欠員により事業の継続に支障が生じる場合には、裁判所による一時役員等の選任を検討する。会社法346条2項は一時役員の職務を行うべき者、351条2項は一時代表取締役の職務を行うべき者について定めている。何が欠けているのかに応じて必要な申立てを判断するのであり、取締役の欠員を補うことと、会社を代表する権限を確保することを混同してはならない。[1][5]
この制度は、相続が発生すれば希望する後継者の社長就任を当然に実現するものではない。役員が欠けていることに加えて、選任の必要性が審査される。大阪地方裁判所の公式案内も、会社内部の株主総会や取締役会によって後任を選べる場合には、原則として必要性を欠くと説明している。申立てに際しては、会社の機関構成、内部手続を進められない理由、迫っている支払や契約、放置した場合の事業への影響を、資料に基づいて具体的に示すことが重要となる。[5]
後任の選任又は裁判所の関与によって代表体制が整った後は、登記、銀行への届出、契約先への連絡を一連の作業として進める。死亡による退任や後任の就任に伴う変更登記は、原則として登記事項の変更から2週間以内に行う必要があり、相続に関する協議の終了を待ってよいものではない。会社の権限関係と届出上の表示が食い違う期間を短くし、議事録や就任承諾書を含め、対外的に新しい体制を説明できる状態を整える。[1][8]
代表者が死亡した場面では、会社に資金があるかという問題と、その資金を適法に動かせるかという問題が重なる。会社名義の預金は故人の個人預金とは異なり、代表者の死亡によって当然に相続手続の対象となるものではない。GMOあおぞらネット銀行の公式FAQもこの違いを明示している。一方、法人名義であれば従前どおり必ず支払えると決めつけることもできない。銀行に届け出た代表者や取引責任者、実際の承認権限、利用サービスの手続を確認する必要がある。[7]
三菱UFJ銀行の代表者変更の案内では、登記事項証明書や法人の印鑑証明書、届出印、来店者の本人確認資料等が求められ、融資等がある場合には取引店への問い合わせが案内されている。必要資料や手続は金融機関、取引内容及び申請方法によって異なるため、早い段階で取引金融機関へ事情を伝え、直近の給与、仕入代金、税公課等の支払をどう扱うかを協議する。故人の認証情報をそのまま使うことを解決策とせず、正当な取引権限と銀行側の確認手続を整えるべきである。[8]
借入れについては、会社の返済義務と、社長個人の保証責任を分けて調べる。会社の借入金があるという理由だけで、家族がその借金を個人として引き継ぐわけではない。他方、故人が負っていた保証債務は相続の対象となり得る。個人根保証契約では死亡による元本確定の規定も問題となるが、元本が確定することと保証債務がなくなることは異なる。保証の種類、締結又は更新の時期、適用法、担保及び期限の利益に関する条項を確認し、死亡だけで当然に全額返済となる、又は保証が消えるという両極端の理解を避ける必要がある。[2]
また、故人の保証債務を相続するかという問題と、新しい代表者として新たな保証契約を締結するかという問題も別である。経営者保証に関するガイドラインの事業承継時の特則は、後継者へ当然に保証を引き継がせず、保証の必要性を改めて検討することを求めている。これは保証を法律上自動的に解除する制度ではないが、会社と個人の資産や経理の分離、会社自身の返済能力、財務情報の開示を示しながら、保証の範囲や見直しを協議する際の重要な基準になる。[9]
会社の帳簿に役員借入金がある場合には、故人が会社へ実際に貸し付けた資金かどうかを確かめる。故人の貸付金債権であれば相続財産に含まれ、その返済時期や条件が会社の資金繰りに影響し得る。株式は後継者に承継させたものの、会社に対する貸付金は別の相続人が取得し、返済を求めるという構成もあり得る。帳簿の科目だけで結論を出さず、契約、送金記録及び返済の実態を確認したうえで、株式と貸付金を通じた会社への関与を一緒に整理する必要がある。[2]
相続人にとっては、保証を含む故人の債務を把握し、相続を承認するか放棄するかを判断する時間も限られる。原則として自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月の熟慮期間があり、調査が終わらないときは期間内に家庭裁判所への伸長申立てを検討する。熟慮期間内であっても、相続財産の処分等によって単純承認をしたものとみなされることがある。会社に対する貸付金の回収や相続株式の権利行使についても、相続放棄の可能性を残す必要がある相続人は、その法的な影響を先に検討しなければならない。事業の継続を急ぐ局面ほど、会社のための対応と、家族が承継する債務の判断を連動させることが重要になる。[2][10]
相続後の株式の準共有を避けるうえで、有効な遺言により承継先を具体的に定めることは重要な方法である。後継者に事業を任せたいという希望を示すだけでなく、どの会社の、どの種類の株式を、誰に承継させるのかを法的に明確にする。会社名や保有株数を記載していても、その後の組織再編、増資、持株会社の設立等によって保有構造が変われば、当初の意図と文面の間にずれが生じる。株主名簿と遺言の内容を継続して対応させることが必要である。[1][2]
遺言で株式の帰属を定めても、後継者の取締役就任や代表取締役の選定を代わりに済ませることはできない。株式を承継した者が適法に株主権を行使し、会社の定款と法律に従って役員を選ぶ手順が残る。2019年7月1日以後に作成された、遺産分割の方法として特定の財産を共同相続人に承継させる遺言(特定財産承継遺言)では、遺言執行者が対抗要件を備えるために必要な行為を行える旨の規定があるが、その権限も遺言の内容を実現するためのものであり、会社の包括的な経営権ではない。遺言執行者の指定と会社の代表者の確保は、役割を分けて設計する。[1][2]
相続によって法定相続分を超えて権利を承継する場合には、民法899条の2の対抗要件も検討対象になる。株式についてどの手続が必要かは、会社が株券発行会社であるか、株券が実際に発行されているか、承継の内容等を踏まえて判断する必要があり、遺言の写しを保管していることだけで第三者との関係まで解決すると考えるべきではない。遺言書、相続関係を示す資料、株主名簿の整備及び会社への必要な通知を、誰がどの順序で進めるかまで明らかにしておくことが望ましい。[1][2]
遺言書を確実に発見し、手続に使える状態にしておくことも同じく重要である。公正証書遺言は家庭裁判所の検認を要せず、自筆証書遺言でも法務局に保管されているものは検認が不要となる。法務局で保管されている場合には、相続人等が遺言書情報証明書を取得して内容を確認することができる。しかし、保管制度は遺言の有効性を保証するものではなく、検認も遺言の有効性を判断する手続ではない。形式だけを整えるのでなく、遺言能力、内容の明確性、作成時の意思を示す資料を含めて紛争への耐性を考える必要がある。[2][11][12][13]なお、2026年6月24日公布の民法等の改正法には、遺言の方式や保管制度等の見直しが含まれる。本稿の保管・検認に関する説明は、関係規定が施行される前の現行制度による。[19]
家族への説明では、株式を後継者へ集約する理由と、経営に関与しない相続人の生活や財産上の利益への配慮を、できる限り具体的に示したい。事業を継ぐ者と財産を受け取る者の範囲が一致するとは限らず、株式以外の財産や生前の給付を含めた全体の配分が納得感を左右する。後継者が先に死亡したり、経営を引き受けられなくなったりする場合の予備的な承継先も検討する。これは家族に事業の維持を一方的に求めるためではなく、残された人が不明確な意思を推測して争わずに済むようにするための準備である。
株式を後継者に集中させる遺言を作成した場合でも、他の相続人の遺留分を検討しなければならない。2019年7月1日以後に開始した相続では、遺留分の侵害に対する請求は原則として金銭の支払請求であり、その請求だけで株式の一部が当然に返還され、準共有に戻るという仕組みではない。これにより株式の帰属を維持しやすくなった一方、価値の高い非上場株式を承継した後継者には、換金しにくい資産を保有しながら多額の支払を求められる問題が残る。[2][14]
必要な資金を見積もるときは、会社の預金残高をそのまま後継者の支払原資と考えてはならない。会社から配当、貸付け、自己株式の取得等により資金を移す場合には、それぞれの会社法上の手続、財源規制、取締役の責任及び税務上の扱いを検討する必要がある。遺留分の支払のために会社の運転資金を失えば、株式を集約した目的自体が損なわれる。後継者個人に残せる現預金と、他の相続人に配分できる株式以外の財産を、会社の資金繰りとは分けて試算しておく。[1][2]
遺留分の算定の基礎となる財産の価額は、相続開始時の財産の価額に法律上算入すべき贈与の価額を加え、債務の全額を控除して求める。相続人への生前贈与についても、婚姻、養子縁組又は生計の資本としての贈与は原則として相続開始前10年間が算入対象となり、一定の場合にはそれ以前の贈与も問題となり得る。非上場株式の評価には会社の資産、収益力その他の事情が関係し、税務申告のための評価額が民事紛争の結論を当然に決めるものでもない。税額だけを試算して承継が完了したと考えず、家族間の精算に用いる評価と現実の支払能力を検討すべきである。[2]
生前贈与等を含む計画的な承継では、経営承継円滑化法の遺留分に関する民法の特例が選択肢となる。一定の要件を満たす後継者が、遺留分を有する推定相続人全員との書面による合意等を経て、対象株式を遺留分算定の基礎から除外する合意や、その算入価額を合意時点の価額に固定する合意を行う制度である。経済産業大臣の確認と家庭裁判所の許可等が必要であり、社長の急逝後に家族の一部の判断で利用できる救済策ではない。後継者以外の相続人を含む合意形成を、生前の承継計画の中で進める必要がある。[15][16][17]
会社側の対策として検討されるのが、相続人等に対する株式の売渡請求を認める定款規定である。会社法174条は、相続等によって譲渡制限株式を取得した者に対し、会社への売渡しを請求できる旨を定款に定めることを認めている。通常の譲渡制限だけで相続による株式取得を拒めるわけではないため、別途の備えとして意味がある。ただし、この条項を置いただけで、特定の相続人から株式を自動的に取得できるものではない。[1]
実行には、対象となる株式と相手方をその都度株主総会の特別決議で定め、対象者の議決権制限とその例外にも注意したうえで、会社が相続等を知った日から1年以内に売渡請求を相手方に到達させる必要がある。価格は当事者間の協議によって定めるが、売渡請求が相手方に到達した日から20日以内に協議がまとまらず、同期間内に会社又は相手方による裁判所への価格決定の申立てもなければ、売渡請求は効力を失う。さらに、会社による買取りには分配可能額の制限がある。会社に買い取る権限があっても、支払える資金と法定の財源がなければ、予定した整理は実現しない。[1][2]
買い取った株式は会社の自己株式となり、後継者個人へ当然に移るわけでもない。残る株主の議決権割合がどう変わるか、会社の財務を損なわないかまで検討する必要がある。とりわけ全株式を故人が保有していた会社では、相続後の意思決定の体制を確保しないまま、売渡請求条項だけで後継者への承継を完成させることはできない。定款、遺言、株式の評価及び資金の計画が同じ承継の姿を指しているかを確かめることが、形式的な対策と実際に機能する対策を分ける。[1]
ここまでの問題を会社の側から見ると、最も避けたいのは、相続の結論が出るまで後任を選べず、後任がいないため会社の手続も進めにくいという状態である。生前の準備では、後継者候補を単に社内で紹介するだけでなく、必要に応じて取締役への就任を進め、死亡時にも役員の選任や業務上の判断が可能となる構成を検討する。後継者がまだ決まっていない会社であっても、当面の経営を担う者と、最終的な株式の承継先を分けて考える余地がある。[1]
複数の代表取締役を置く方法にも利点はあるが、会社を広く代表できる者を増やす以上、権限濫用や責任の配分まで含めて判断する必要がある。代表権に社内的な金額制限等を設けても、善意の第三者に対抗できない場合があるため、規程を作れば対外的な危険がなくなるわけではない。重要な支払の承認、金融機関に届け出る利用者、契約締結の手順と監督を組み合わせ、権限の継続と適切な統制を両立させる。[1]
税務の準備も、こうした権限の設計と切り離せない。国税庁の2026年7月版資料では、法人版事業承継税制の特例承継計画の提出期限は2027年9月30日である。その会社の非上場株式等について初めて特例措置の適用を受ける場合、対象となる贈与又は相続等は2027年12月31日までのものとされている。既に制度の適用を受けている後継者による同じ会社の株式等の追加取得には、別の期間要件がある。ただし、非上場株式を承継すれば一律に税金が免除される制度ではなく、会社と後継者等の要件、認定、申告、担保提供及び継続的な届出等を前提とする納税猶予の制度である。一定の要件を満たす場合の免除とは区別して理解する。[18]
同資料が示す相続税の納税猶予では、後継者が相続開始の日の翌日から5か月を経過する日に会社の代表権を有することなども要件となる。相続税の申告期限だけを意識し、株式の権利行使や代表者の選任を後回しにすると、税制利用の前提に影響する場合がある。経営を任せる人、株式を取得する人、実際に代表者となる時期を弁護士と税理士が共有し、相続人間の協議と税務手続の双方に無理のない日程を設計することが必要である。[18]
日常の管理では、株主や役員の構成、会社と社長個人の貸借、銀行への届出、遺言の内容を、決算や家族関係の変化などの機会に見直す。作成当時は適切であった遺言も、後継者の事情や保有資産が変われば、会社の実態に合わなくなることがある。取引金融機関への説明や社内の引継ぎも、代表者が不在となってから一斉に始めるのでは負担が大きい。現在の経営体制の中で何が継続でき、どの判断だけは代わりの権限が必要かを、具体的な支払日や取引に当てはめて確認しておきたい。
経営者が事業を託すという意思は、その人を信頼しているという言葉だけでは実現しない。株式の帰属、議決権の行使、役員の選任、家族への財産配分が整合し、必要な時に資金を確保できて初めて、後継者は責任を持って事業を引き受けられる。会社を育ててきた経営者が、自らの不在後も従業員や取引先との関係を維持したいと考えるなら、その意思を実行できる状態まで整えることが、平時に取り組むべき承継の準備である。
Q1 社長の株式を相続した家族は自動的に代表取締役になりますか
自動的にはなりません。株式の承継と、取締役の選任及び代表取締役の選定は別の手続です。後継者として家族内で合意していた場合でも、会社の機関設計と定款に従い、株主総会や取締役会等の必要な手続を整える必要があります。[1]
Q2 遺産分割が終わるまで相続株式の議決権は行使できませんか
必ずしも遺産分割の完了を待つ必要はありません。準共有となった株式について、会社法106条に基づく権利行使者の指定と会社への通知等を適法に行うことで、権利行使を進める余地があります。指定は原則として準共有持分の価格に従う過半数で決めることができ、相続人の頭数による多数決ではありません。指定等を欠く場合には、会社の同意だけで共有者間の意思決定の欠缺を補えるわけでもありません。[1][3][4]
Q3 一人株主で一人取締役の社長が亡くなると必ず裁判所への申立てが必要ですか
必ず必要となるわけではありません。相続株式について適法に権利を行使でき、その議題の議決権を行使できる全株主の書面又は電磁的記録による同意が得られる場合には、会社法319条のみなし決議で後任取締役を選任する方法等を検討できます。内部の選任を進められない場合に、一時役員等の選任の必要性を判断します。相続放棄を検討する場合は、議決権行使前に法定単純承認への該当可能性も確認します。[1][2][5]
Q4 社長が亡くなれば法人名義の銀行口座はすべて凍結されますか
代表者の死亡によって法人名義の預金が当然に相続財産となり、一律に凍結されるという関係ではありません。ただし、代表者や取引責任者の届出、取引権限及び利用サービスの手続によって支払に支障が生じることがあります。故人の個人名義口座と区別し、早急に取引金融機関へ必要な手続を確認します。[7][8]
Q5 遺言ですべての株式を後継者に承継させれば他の相続人への対応は不要ですか
不要にはなりません。2019年7月1日以後に開始した相続では、有効な遺言により株式の帰属を定めても、他の相続人の遺留分が侵害されれば、後継者等に金銭の支払が求められる場合があります。株式の評価、株式以外の財産の配分及び支払原資を併せて検討し、会社の運転資金に過度な負担が及ばないようにします。[2][14]
Q6 法務局で保管している遺言なら有効性が争われることはありませんか
法務局の保管制度は、遺言の有効性まで保証する制度ではありません。紛失や改ざん等の防止、形式面の確認、検認不要という利点がありますが、遺言能力や内容の解釈等をめぐる争いは残り得ます。保管方法に加え、作成時の意思や株式の特定が明確かを確認します。[11][12]
Q7 譲渡制限株式なら会社は相続人の株式取得を拒否できますか
通常の譲渡制限だけで、相続による取得を拒むことはできません。会社法174条に基づく相続人等への売渡請求を利用するには定款の定めが必要で、実行時の特別決議、請求期限、価格決定及び分配可能額等の制約もあります。定款の条項だけで、株式が自動的に会社へ戻るわけではありません。[1]
Q8 社長の相続人は、会社の借入金や社長個人の保証債務を引き継ぎますか
会社自身の借入債務と、故人個人の保証債務等は区別します。会社の借金だけを理由に家族へ個人の返済義務が生じるわけではありませんが、故人の保証債務は相続の対象となり得ます。契約と債務の内容を調査し、必要に応じて相続放棄や熟慮期間の伸長を検討します。新代表者への就任だけで新たな保証契約が成立するものでもありません。[2][9][10]
Q9 遺留分についての請求には期限がありますか
遺留分侵害額請求権は、相続開始と遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないと、時効により消滅します。相続開始から10年の制限もあります。家族間で協議中でも期限への対応が必要であり、裁判所への調停申立てだけで当然に相手方への権利行使になると考えないことが重要です。[2][14]
Q10 事業承継税制の検討をしていれば会社の承継対策として十分ですか
税制の検討だけでは、株式の帰属、議決権行使、代表者の不在及び遺留分の支払という問題は解決しません。税制自体にも、後継者の代表権、会社の要件、認定と申告、継続届出等の条件があります。税負担の見通しと、会社を動かす法的な体制を一緒に設計する必要があります。[1][2][18]
道下剣志郎は、SAKURA法律事務所の代表弁護士。第一東京弁護士会所属。2013年一橋大学法学部法律学科卒業、2015年慶應義塾大学法科大学院修了。2017年の弁護士登録後、西村あさひ法律事務所を経て、2020年にSAKURA法律事務所を開業。企業法務、M&A、紛争対応及び国際案件等に取り組んでいる。
道下剣志郎のプロフィール SAKURA法律事務所 公式サイト
SAKURA法律事務所では、企業の経営と経営者個人の財産に関わる法的課題についてご相談をお受けしています。事業承継を検討する際は、定款、株主名簿、役員構成、遺言及び会社と経営者との貸借関係を確認し、事業の継続と相続人の権利の双方を踏まえて対応を検討します。株式の権利行使や後任選任が既に滞っている場合にも、会社の状況に応じた手続と対外対応を整理します。税務上の評価や納税猶予等が関わる事項は、税理士等と連携して検討することが重要です。
〒106-0032 東京都港区六本木一丁目4番5号 アークヒルズサウスタワー4F
電話 03-6910-0692
法令・公表資料の最終確認日:2026年10月19日。本文中の参照番号及び以下の資料名・URLから、各資料に直接アクセスできます。
[1] e-Gov法令検索「会社法」(平成17年法律第86号)
主に3条、106条、128条、130条、174〜177条、297条、309条、319条、329〜330条、346条、349条、351条、362条、461条、915条。
https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
[2] e-Gov法令検索「民法」(明治29年法律第89号)
主に97条、252条、264条、465条の2、465条の4、653条、896条、898〜900条、915条、921条、1004条、1012条、1014条、1042〜1048条。平成29年法律第44号附則21条、平成30年法律第72号附則2条・8条。
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
[3] 最高裁判所第三小法廷平成9年1月28日判決
平成5年(オ)第1939号、集民181号83頁。準共有持分の価格の過半数による権利行使者の指定。
https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-62726.pdf
[4] 最高裁判所第一小法廷平成27年2月19日判決
平成25年(受)第650号、民集69巻1号25頁。共有株式の議決権行使と会社法106条ただし書による会社の同意。
https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-84875.pdf
[5] 大阪地方裁判所「一時取締役・監査役職務代行者(仮役員)選任申立ての方法等」
会社法346条2項、351条2項等に基づく選任の要件と必要性。
https://www.courts.go.jp/osaka/saiban/minji4/dai2_6/index.html
[6] 最高裁判所第三小法廷平成29年2月21日決定
平成28年(許)第24号、民集71巻2号195頁。非公開の取締役会設置会社における株主総会による代表取締役の選定に関する定款規定。
https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-86527.pdf
[7] GMOあおぞらネット銀行「口座保有者が亡くなりました。相続手続きはどのようにすればよいでしょうか。」
法人預金と相続手続の区別、取引責任者の変更に関する公式FAQ。2026年6月1日更新。
https://help.gmo-aozora.com/faqs/6686541befe214ffd6342684/
[8] 三菱UFJ銀行「届け出内容の変更」
代表者変更時の必要書類及び融資等の取引がある場合の案内。
https://www.bk.mufg.jp/houjin/tetsuduki/kouza_henkou/index.html
[9] 経営者保証に関するガイドライン研究会「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則」
2019年12月公表、2023年4月改定。後継者の保証徴求、前経営者の保証解除及び二重徴求に関する取扱い。全国銀行協会掲載。
https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/abstract/adr/sme/guideline_sp.pdf
[10] 裁判所「相続の承認又は放棄の期間の伸長」
相続の熟慮期間、期間伸長の申立て及びその期限。
https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_06_25/index.html
[11] 法務省「遺言書保管制度とは?」
自筆証書遺言書保管制度の利点、形式面の確認、検認不要及び有効性を保証しないこと。
https://www.moj.go.jp/MINJI/01.html
[12] 法務省「証明書について」
遺言書情報証明書及び遺言書保管事実証明書の交付。
https://www.moj.go.jp/MINJI/05.html
[13] 裁判所「遺言書の検認」
検認の目的、公正証書遺言及び法務局で保管される自筆証書遺言の取扱い。
https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_06_17/index.html
[14] 裁判所「遺留分侵害額の請求調停」
金銭請求としての性質、権利行使の意思表示と期間制限。
https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/lkazi_07_26/index.html
[15] e-Gov法令検索「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」(平成20年法律第33号)
主に3〜10条。遺留分に関する民法の特例、経済産業大臣の確認及び家庭裁判所の許可。
https://laws.e-gov.go.jp/law/420AC0000000033
[16] 中小企業庁「経営承継円滑化法による支援」
遺留分に関する民法の特例の制度案内及び関連資料。
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_enkatsu.html
[17] 裁判所「遺留分の算定に係る合意の許可」
除外合意及び固定合意、当事者全員による書面の作成、確認と許可の手続。
https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_06_29/index.html
[18] 国税庁「非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予・免除(法人版事業承継税制)のあらまし」
2026年7月版。特例承継計画は1頁、贈与・相続等の時期の要件は11頁、相続税の納税猶予の流れと主な要件は6頁以降。
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/pdf/0026007-042_01.pdf
[19] 参議院「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)
2026年6月24日公布。遺言の方式及び保管制度等の見直し、附則1条2号・3号に定める段階的施行。参議院掲載の成立法律。
https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/221/pdf/s0802210432210.pdf
本稿は2026年10月22日時点で確認した法令、裁判例及び公表資料に基づく一般的な法律情報であり、個別案件についての法律意見を示すものではありません。主に日本の非上場株式会社を対象とし、個人事業、持分会社、外国会社等には別の規律が適用されます。具体的な対応は、定款、株式の種類、相続関係、遺言、契約及び適用時点によって異なります。金融機関の案内は各行の取扱い、経営者保証に関するガイドラインは自主的な準則であり、法令又は裁判所の判断と同一の効力を持つものではありません。実際の手続に際しては、最新の資料と個別事情を確認する必要があります。