SAKURA法律事務所 代表弁護士 道下剣志郎 Legal Update
2026年10月9日現在(初稿:2026年10月8日/日英対応の最終校訂:2026年10月22日)
SAKURA法律事務所 代表弁護士 道下 剣志郎
海外で事業を展開する企業にとって、外国公務員に対する不当な利益供与の問題は、特定国の営業現場に固有の不祥事ではなく、グループ全体の事業継続性と経営判断を左右する法律上のリスクである。公共調達への参加、規制当局からの許認可取得、国営企業との取引、税関・港湾の手続、現地販売代理店を通じた販路開拓のいずれにおいても、会社の利益のために行われたとされる支払が、日本、取引相手国、米国又は英国の法令により、異なる根拠で問題とされる可能性がある。現地で広く行われている、少額である、代理店が自らの裁量で支払ったという事情は、それだけで適法性を基礎付けるものではない。
日本では、不正競争防止法第18条が国際商取引に関係する外国公務員等への不正の利益供与、申込み又は約束を禁止する。2024年4月1日に施行された2023年改正は、個人及び法人に対する法定刑を引き上げ、日本企業の外国籍従業員による国外での単独行為にも処罰が及び得るよう規律を拡充した。これに対し、米国では2025年6月に司法省のFCPA捜査・訴追指針が改められ、2026年3月には企業の自主申告、捜査協力及び是正措置に関する司法省全体の方針が公表された。これらは執行政策の変更であり、米国FCPAの法定要件が当然に消滅したわけではない。
海外進出案件では、日本の規制を満たすことが米英法への適合を意味せず、逆に米国法上の限定的な例外や当局の裁量を、日本法又は英国法に持ち込むこともできない。問題は単なる贈答・接待の金額基準ではない。誰が公務員に当たるのか、誰のためにどの権限行使を求めたのか、支払の実質的な受益者は誰か、支払主体と日本本社の間にどのような指示・承認・認識があったのか、会計帳簿に何が記録されたのかを、取引の実態から判断する必要がある。
本稿では、日本法における犯罪の成立範囲と2024年改正の影響を確認した上で、米国FCPA及び英国Bribery Actの適用可能性、2025年及び2026年の米国執行方針、現地代理店の選任・契約・報酬管理、海外企業買収時の調査と価格・補償設計、疑義発覚時の証拠保全・国際的な内部調査、取締役会の監督体制を一つの実務の流れとして論じる。日本企業のみならず、日本市場で活動する外国企業及び海外法務責任者にとっても、複数法域を横断して判断すべき事項を明確にすることを目的とする。
本稿の要旨
外国公務員贈賄の違法性は、金銭の交付という外形だけで決まらない。日本の不正競争防止法第18条は、国際的な商取引に関して営業上の不正の利益を得る目的で、外国公務員等の職務上の行為・不作為又はその地位を利用したあっせんに働き掛けるため、金銭その他の利益を供与し、申し込み、又は約束する行為を禁止する。外国公務員等には一定の外国政府・地方公共団体の職員だけでなく、法令に定める要件を満たす政府関係事業体の従業者や国際機関の職員等も含まれる。現金の授受が完成していない段階でも問題となり、親族・関連法人への利益移転、コンサルティング料への偽装等は、相手方、利益の帰属及び目的の実質によって評価される。
2024年施行の改正により、所定の違反行為をした自然人の法定刑は10年以下の拘禁刑若しくは3,000万円以下の罰金又はその併科となり、業務に関する違反につき両罰規定が適用される法人には10億円以下の罰金刑が定められた。ただし、法人の刑事責任を検討する際には、当該法人の代表者、代理人、使用人その他の従業者による業務関連行為であるか、国外行為に対する日本法の適用根拠があるか等を個別に確認する。単に日本企業が海外子会社を所有しているという事実から、子会社又は全ての関連当事者による不正が当然に親会社の犯罪となるわけではない。
米国FCPAについては、発行体、米国内企業・関係者及び一定の米国内行為に着目する贈賄禁止規定と、証券発行体に課される帳簿記録・内部会計統制に関する規定を分けて検討する必要がある。司法省の2025年6月指針は捜査対象の選別に当たって米国の経済・国家安全保障上の利益や重大な不正の兆候等を重視する一方、2026年3月の企業執行方針は、自主申告等の条件を満たした場合の取扱いを定める。いずれも違法な支払の許可ではない。英国Bribery Actは、外国公務員贈賄に加えて、英国に事業の全部又は一部を有する一定の商業組織が関係者による贈賄を防止しなかった場合の犯罪を定め、十分な防止手続の存在を法定の抗弁として位置付けている。
企業が構築すべき統制は、贈賄禁止の宣言に尽きない。公務員等との接点を持つ取引を早期に抽出し、代理店の実質的支配者、紹介経路、報酬の妥当性、再委託、支払先及び実際の業務履行を確認することが出発点となる。契約には、虚偽請求の禁止、記録へのアクセス、監査・説明義務、疑義発生時の支払停止と適法な調査協力、解除及び是正措置を組み込み、その運用を会計・営業・法務の承認手続と連動させる。M&Aにおいては買収前調査だけでなく、買収後の監督・統合、違反発見時の証拠保全と当局対応まで見通す必要がある。実効性のある腐敗防止体制とは、違法な支払を発見し得る情報が意思決定者に届き、事業上の圧力があっても支払を止め、判断と根拠を後から検証できる仕組みである。
第1章 日本法の禁止構造――「営業上の不正の利益」と外国公務員等の範囲
外国公務員贈賄罪は、国際商取引の公正な競争条件を保護するために、OECD外国公務員贈賄防止条約を背景として不正競争防止法に設けられた。現行法第18条第1項は、外国公務員等に対し、国際的な商取引に関して営業上の不正の利益を得るために、その職務に関する行為をさせ、させないこと、又はその地位を利用して他の外国公務員等に働き掛けさせる目的で、金銭その他の利益を供与し、申し込み、又は約束することを禁止する。したがって、違法性の判断は、利益の種類、相手方の資格、働き掛ける職務上の行為、国際的な商取引との関係、不正の利益を得る目的を個別に認定する作業である。企業が示した交際費規程上の上限額や接待の社内承認だけでは、法定要件の検討に代わらない。
法律上の外国公務員等の範囲は、外国の中央政府や地方公共団体の職員に限られない。外国の特別法令に基づいて設立され公共の利益に関する特定の事務を担う組織、法定の支配・権益要件等を満たす政府関係事業体、政府間国際機関及び公的機関から権限を委任された者など、同条第2項各号に掲げる者も含まれる。たとえば、現地のエネルギー企業、通信事業者、港湾運営会社の担当者が問題となる場合、単に国が株式を保有しているかという形式にとどまらず、政府の議決権保有割合、役員任命権、特に付与された権益、当該担当者の職務を確認する必要がある。国営企業という呼称から一律に結論を導くことも、民間会社という商号から該当性を否定することも適切ではない。
供与の対象となる利益は現金に限定されない。合理性を欠く旅費や宿泊、接待、雇用機会、謝礼、寄附、親族等への利益供与が、公務員等への不正な働き掛けと結び付く場合には、実質的な検討を要する。他方、公務員との接触に伴うすべての儀礼的な贈答や会議費が直ちに犯罪となるわけでもない。利益の額に加え、支払の時期、許認可・入札・契約更新との近接性、受益者と決定権者との関係、正当な業務目的、会計処理の真実性を総合して判断する必要がある。経済産業省の外国公務員贈賄防止指針は、企業の自主的・予防的な管理に関する実務上の参考であり、指針に記された手続を履践したこと自体が刑事免責を与えるものではない。
重要なのは、法文が利益の供与だけでなく申込み及び約束を明示している点である。実際の支払前に条件を提示した段階、代理店が公務員に対して成功時の支払を提案した段階、取引獲得を目的とする利益供与の合意が形成された段階でも、具体的事実に応じた法的評価が必要となる。支払を中止したから過去の働き掛けも当然に消滅するとの理解は危険である。同時に、代理店の説明に不自然な点があったというだけで会社役員の故意や犯罪成立を直ちに認定することもできない。誰が、いつ、何を知り、どの行為に関与したのかを、メール、契約書、請求書、送金指示、会議記録の相互関係から確かめなければならない。
現地の商慣行を理由として支払を正当化することにも慎重であるべきである。行政手続を早めるための少額支払、正式な領収書が発行されない便宜供与、代理人を通じた非公式な手数料は、その名称によって法的性質が変わるものではない。実務では、求められた行為が正規の法定手続に属するのか、支払の相手方と公的料金の受領主体が一致するのか、法令上の料金表・納付方法があるのかを確認し、支払要求の日時、発言内容、拒絶の経緯も記録する。危険が人身の安全に及ぶ緊急事態は通常の営業便宜と区別して専門的に検討すべきであり、全ての支払を事後的に「生命身体の保護」と表現する対応は許されない。
第2章 2024年施行改正と国外行為――日本本社・海外子会社・外国籍従業員の責任
2023年の不正競争防止法改正は、外国公務員贈賄に対する規律を刑罰及び管轄の双方から強化し、2024年4月1日に施行された。現行法第21条第4項第4号による所定の外国公務員贈賄行為について、自然人には10年以下の拘禁刑若しくは3,000万円以下の罰金又はその併科が定められている。法人の代表者、代理人、使用人その他の従業者が法人の業務に関して該当行為をした場合には、同法第22条第1項の両罰規定により、その法人について10億円以下の罰金刑が問題となる。この金額はすべての事案で科される定額の制裁ではなく、法定刑の上限である。また、改正前の行為について新たな法定刑を機械的に遡及適用することはできない。
国外行為の取扱いについても、従前の国民の国外犯に関する規律だけを念頭に置くことは足りない。改正の一つの狙いは、日本企業の外国籍従業員が外国において単独で行う贈賄についても、所定の要件の下で処罰の対象とすることにあった。日本本社が海外拠点における金銭の授受を直接指示していないという事情は、責任の判断に影響し得るものの、国外であることや行為者が日本国籍を持たないことだけでは、直ちに日本法の適用を否定できない。従業者の所属会社、雇用契約、業務遂行の委託関係、法人の主たる事務所、承認系統及び実際の決裁権限を調べる必要がある。
もっとも、企業グループを一体の犯罪主体とみなすことはできない。国外の現地子会社は、日本の親会社と別個の法人格を持つことが通常である。現地子会社の従業員が国外で行った違法な支払について、日本の親会社が刑事責任を負うかは、行為者と日本法人との関係、国内外の指示・共謀・関与、日本の刑罰法規の適用範囲等によって異なる。グループ全体の内部統制上の責任、取締役の善管注意義務、M&A契約上の表明保証違反、取引先による契約解除という民事・経営上の問題と、個々の法人に犯罪が成立するかという問題は区別しなければならない。
国内親会社が現地の営業予算を認可し、異常に高い代理店手数料の使途を把握しながら支払を継続させていた場合と、親会社が事前に把握できない形で現地法人が独自に不正をした場合とでは、検討すべき事実が異なる。予算承認書、営業会議資料、業績連動報酬、銀行送金履歴及び監査報告書等の証拠を関連付けることによって、刑事責任の成否だけでなく、社内統制のどの部分が機能しなかったかが明らかになる。海外拠点が本社の利益計画に従って売上を拡大していた事実は、違法な手段の黙認を正当化せず、むしろ経営側の監督と現場のインセンティブ設計を検証する契機となる。
同一の支払について現地法、日本法、米国法及び英国法の複数の捜査・処分が問題となる可能性もある。国ごとに外国公務員の定義、管轄の根拠、法人責任、時効、没収・追徴、和解・不起訴制度及び証拠提出義務は異なり、一国での対応が他国の判断を自動的に拘束するものではない。企業は、どの国の当局がどの行為を管轄し得るかを最初に分析し、証拠保全と説明の整合性を確保する必要がある。同時に、一国に提出した資料が別の法域のプライバシー法や秘密保持義務に抵触しないよう、取得・移転・開示の法的根拠を確認すべきである。
第3章 米国FCPAの域外適用と2025・2026年執行方針――法令と訴追政策を混同しない
米国のForeign Corrupt Practices Act(FCPA)は、日本企業にとって典型的な域外規制リスクである。ただし、日本企業の海外事業に米国法が常に適用されるとの一般化は正確でない。反贈賄規定の適用主体や管轄は、米国証券法上の発行体、米国内企業又は個人、これらの役員・従業員・代理人、一定の米国内行為等に関する条文上の要件に従う。米ドル建ての取引であることのみをもって、全ての支払が当然に米国の刑事管轄に入るともいえない。一方、米国市場に証券を登録する等によりFCPAの会計規定の対象となる企業では、支払の名目や会計処理が事実を正確に反映しているか、合理的な内部会計統制を備えているかが、反贈賄規定とは別に問われ得る。
そのため、企業内の調査では、外国公務員に不当な利益が渡ったという点と、支払がどのような勘定科目や帳簿記録に記載されたかという点を切り分けて検討する。コンサルティング料、マーケティング費、通関費、臨時手数料等の名目であっても、取引実体のない請求書や架空の検収記録により支出を処理していれば、腐敗行為の調査と会計・内部統制の調査が連動する。逆に、帳簿に正しく記載されたというだけで賄賂の供与が適法となるわけではない。FCPAに関する2020年の司法省・証券取引委員会共同リソースガイドは、反贈賄規定、会計規定、代理人、M&A後の責任及び法令遵守体制を別個の論点として整理している。
米国では、2025年2月の大統領令第14209号によりFCPA執行に関する一時的な見直しが指示され、同年6月9日に司法副長官の新たな捜査・訴追指針が示された。同指針は、国際犯罪組織・カルテルとの関連、米国企業の公正な競争機会に対する実質的な侵害、国家安全保障への影響、重大な不正行為の徴候等を考慮要素として掲げ、低額で一般的に受容される社交上の礼節と、隠蔽を伴う多額の支払や詐欺的行為とを区別する。これらは、当局が限られた捜査資源をどのような事案に向けるかという執行上の方針であって、外国公務員への不正な支払を民間企業に新たに許可するものではない。米国証券取引委員会の権限、日本法、英国法及び相手国法上の規律まで消失させるものでもない。
さらに、司法省は2026年3月10日、企業による自主申告、捜査協力及び適切な是正措置を促す司法省全体のCorporate Enforcement and Voluntary Self-Disclosure Policyを公表した。同方針は、所定の条件を満たす企業の訴追見送りの取扱いと、一定の要件が欠ける場合の処理の区別を定める。ただし、加重事情、申告の適時性、全面的協力の程度、是正措置、没収・返還等に関する条件があり、企業が違反を認めれば必ず免責を取得できる制度ではない。米国の執行方針は将来変更され得ることも踏まえ、過去の一時的な執行停止や報道だけから安全性を判断してはならない。 この司法省全体の方針は、反トラスト分野の犯罪を除く企業刑事案件を対象とする執行方針であり、日本法の外国公務員贈賄罪、英国法の企業責任及び民事契約上の帰結を変更するものではない。
FCPAには、一定の通常業務上の手続を促進する支払に関する限定的な例外、現地の成文法への適合や真正な合理的経費に関する抗弁規定が存在するが、その射程を拡張すべきではない。入札受注、契約更新、許認可の裁量的判断に対する働き掛けは、形式上の迅速化費用という表示で性質が変わらない。また、米国法上の例外が問題となり得るからといって、日本の不正競争防止法や英国Bribery Actにも同じ例外があると理解することはできない。グローバルな社内規程では、最も緩やかに見える一国の例外に依存せず、支払要求の性質を確認し、危険な取引について事前承認を求める共通原則を定める方が法域間の齟齬を避けられる。
第4章 英国Bribery ActとOECD基準――関係者の贈賄を防げなかった企業の責任
英国Bribery Act 2010は、外国公務員に対する贈賄を規定する第6条と、商業組織による贈賄防止の不履行を犯罪化する第7条を備える点で、日本企業のグローバル・コンプライアンス設計に大きな意味を持つ。第6条は、外国公務員の職務上の行為に影響を与えて事業又は事業上の利益を獲得・維持する意図で、本人又は法定の関係者に利益を供与する行為等を対象とする。第7条は、所定の商業組織に関係する者がその組織の事業又は事業上の利益を得る意図で贈賄を行った場合、当該組織について独立の犯罪が問題となる枠組みである。個人の犯罪成立、企業の刑事責任及び関係者の意味を、条文ごとに検討する必要がある。
第7条の商業組織には、英国法に基づく会社・組合のほか、外国法に基づく法人等であって英国において事業の全部又は一部を営む一定の主体が含まれ得る。英国子会社の存在だけで親会社への第7条適用が自動的に確定するわけではなく、英国における事業活動の実態や関連する者が誰のために役務を提供したのかを確認する必要がある。第8条の関係者の判断では、代理人、従業員等の形式的な肩書にのみ拘束されず、実質的な役務提供関係が問題となる。この構造の下では、海外の販売代理店の不適切な行為を、会社とは無関係な独立事業者によるものとして片付けられない場面がある。
第7条は、当該組織が関連者による贈賄を防止するための十分な手続(adequate procedures)を備えていたことを証明する抗弁を明示する。英国政府の法第9条に基づくガイダンスは、リスクに見合った手続、経営陣のコミットメント、リスク評価、デューデリジェンス、周知・研修、監視と見直しという六つの原則を示している。これらはあらゆる企業に画一的な紙の規程を要求するものではなく、規模、国・業種のリスク及び取引の複雑さに照らし、実際に機能している防止措置を説明できることが核心となる。なお、英国の抗弁を、日本の法人に当然に認められる法定免責事由として記載することはできない。
OECD外国公務員贈賄防止条約は、加盟当事国に一定の犯罪化や国際協力等を求め、2021年の理事会勧告は、内部統制、倫理・コンプライアンス、第三者管理及び企業による防止措置について国際的な考え方を示す。その意義は、異なる国の法制度の下で企業が一貫した統制を組み立てる指針となることにある。ただし、OECD勧告そのものが個々の企業に国内刑罰を直接課す法律であるわけではない。企業に必要なのは、条約・勧告に示された原則と各国の実定法を混同することなく、国際取引において共通に働く不正の誘因を発見できる管理体制へ具体化することである。
第5章 海外代理店・公共案件の契約実務――形式的な誓約書から支払の統制へ
贈賄リスクが最も顕在化しやすい場面の一つは、企業が現地の専門家、販売代理店、コンサルタント、通関事業者又は入札支援業者に業務を委ねる取引である。代理人が現地当局の担当者にアクセスできること自体は正当な商業上の価値を持ち得るが、その対価が不相当に高額である場合、業務内容が抽象的な場合、公務員又はその親族の紹介によって選任された場合、支払口座が契約当事者以外の第三者名義である場合には、通常の取引審査では看過できない。経済産業省の指針及びてびきも、第三者の選定、対価、支払先、書面化及び事後監査を重視している。委託先の資質を確認するDDは、署名前に一度名簿を照合する作業ではなく、誰に何を任せ、どの成果に対して支払うかを取引実態に即して立証する過程である。
取引開始時には、仲介の必要性と代替手段、業務範囲、委託先の実質的支配者及び公務員との利害関係、下請・再委託の予定、報酬水準及び支払通貨・口座を明確にする。特に公共調達案件では、入札公示前後の紹介料、契約締結直後の成功報酬、許認可の発給直前の追加費用など、時点と成果の対応関係を見逃すべきではない。業務の真正を裏付ける面談記録、交渉支援資料、報告書及び成果の検収記録が乏しい場合、名目だけ整った契約書はむしろ事実解明の障害となる。契約締結権者と支払承認権者を分け、営業部門に利益相反を解消させる仕組みが必要である。
代理店契約では、贈賄禁止の一般条項に加え、契約履行の具体的な制御を定める。適用される贈収賄法令の遵守、公務員・国有企業担当者との関係申告、業務の再委託及び支払先変更の事前承諾、実在する役務に対応した詳細な請求、正確な会計記録、合理的な範囲の資料提出及び監査への協力、疑義を把握した場合の速やかな報告、違法な支払への会社資金の充当禁止、調査期間中の適法な支払停止及び重大違反時の解除等を一体として設計することが考えられる。ただし、監査条項や情報提供条項があれば無制限に第三者の個人情報や営業秘密を取得できるわけではない。現地法上の強行規定やプライバシーへの配慮も必要である。
これらの契約条項は、現場で運用できなければ意味を持たない。財務部門が契約上の報酬率から大きく乖離した請求を受けたとき、営業部門が入札期限を理由に即時支払を求めたとき、公務員の家族が関与する奨学金・慈善寄附の申請が出たときに、法務・コンプライアンス担当者へ自動的に照会される承認経路を整える必要がある。接待、寄附、スポンサー契約、雇用の斡旋及び第三者への利益移転も、費目別の社内規程を横断して管理しなければならない。社内規程を守ることで受注が遅れた担当者が人事上不利益を受ける制度であれば、厳格な規程を設けても組織の行動は変わらない。
実際に公務員から支払を要求された場合は、その場での即断よりも、適法な公的料金か否か、要求者が権限を持つか、法令上の領収書・納付先があるかを確認することが先決となる。原則として非公式な支払を約束せず、正規の手続を申し入れ、要求の内容と同席者、関係資料を記録し、会社の危機対応窓口に報告する。緊急に生命・身体の安全に関わる事態では安全確保を優先しつつ、営業上の便益の獲得と異なる事情を正確に残す必要がある。従業員が現地で孤立して判断を迫られる構造こそ問題であり、本社は相談経路と具体的な支払拒絶手順を事前に示さなければならない。
第6章 海外M&Aと投資契約――腐敗リスクをDD、価格、補償及びPMIに接続する
海外企業を取得する買主は、売上高や許認可の有効性を精査するのと同じ重みで、対象会社の事業獲得過程を確認する必要がある。公共調達への依存度、政府系顧客との契約、通関・土地利用・医薬品等の許認可、代理店手数料の増減、現金支払、経営幹部と公務員との関係、過去の内部通報、監査上の指摘及び当局照会の有無は、贈賄リスクを把握するための重要な情報となる。ただし、ある国又は業種の一般的な腐敗リスクを理由として、特定の企業の違法行為を推定してはならない。取引データや証憑と具体的な意思決定の経緯を照合し、リスクの所在と確実性の程度を区別することが必要である。
買収前の法務デューデリジェンスでは、対象会社から全ての個人情報や現地の秘匿資料を無制限に取得できるわけではない。データルームのアクセス権限、競争法上の情報遮断、個人情報の国際移転、調査対象者のプライバシー及び証拠保全の要請を調整しながら、簿外支払の兆候と対価の真正を追跡する。重大な不審取引が発見された場合、買主は追加調査の実施可能性、対象契約の停止、当局への照会、買収後の是正費用及び事業継続への影響を評価し、調査できない事項を無条件の表明保証によって覆い隠そうとしないことが望ましい。情報不足が残るならば、その不確実性を取引の成立条件及び価格に反映する。
株式譲渡契約や事業譲渡契約には、一定期間の贈収賄法令遵守、過去の不正支払・当局調査・内部通報に関する表明保証、署名からクロージングまでの不審支払禁止及び報告義務、必要に応じた第三者代理店の再審査、重要な案件についての解除又は価格調整、特定損失に対する補償及び買収後の証拠保全協力等を、リスクと交渉力に応じて組み込む。もっとも、秘密情報の開示義務、個人の刑事責任及び当局による処分の有無を、私人間の補償条項で左右することはできない。違法な行為が発覚した場合に、誰が調査費用を負担し、誰が公的機関への説明を統括するかは、金銭補償とは別に実行可能な条項とする必要がある。
米国FCPAとの接点がある買収では、買収前後に発見された不正への迅速な対応が、当局の企業執行方針上の判断に関係する場合がある。司法省の2026年3月方針は、M&Aの前後のデューデリジェンスで発見された不正について、関連する省内のM&A方針との関係を明記している。しかし、買収案件であれば一律に特別の訴追免除が認められるわけではなく、制度上の要件と実際の行動を照合しなければならない。日本企業の買収実務においても、米国法が関係するかを早期に判断し、必要な場合には米国弁護士と連携した上で報告の要否と時期を検討すべきである。
買収後の統合、すなわちPMIでは、旧経営陣の代理店、政治関連寄附、贈答・接待、契約更新時の特別報酬を漫然と維持しないことが重要となる。買収後に適用する承認権限、支払先照合、会計科目、内部通報、教育及び監査を整え、対象会社を含む経営陣に不正支払を拒絶する権限と責任を与える。買収後に初めて判明した疑義を放置すれば、過去の不正と買収後の継続的行為との境界が曖昧となり、買主自身のリスクを拡大させることがある。取引はクロージングで完了するが、腐敗防止の評価はその後の経営によっても左右される。
第7章 疑義発覚後の内部調査と取締役会――刑事対応と事業継続を両立させる
海外子会社の経理担当者から不自然な支払に関する通報があった場合、経営陣が最初に行うべきことは、告発内容の真偽を対外的に断定することではない。支払の追加実行を適法な範囲で停止し、関連する電子メール、メッセージ、会計データ、銀行記録、代理店契約及び承認記録の消去・改変を防ぐ一方、通報者その他関係者に対する報復を防ぐ必要がある。初期段階では、支払先、決裁者、事業上の便益、外国公務員等との関係、資金の最終的な受益者を把握し、営業上の不適切行為、会計不正、法令違反の疑いを分けて整理する。取締役又は上級役員の関与が疑われる場合には、通常の報告系統では調査の独立性が確保されない可能性もある。
社内調査では、国境を越える証拠取得を当然のように進めてはならない。海外の個人データ、従業員の通信、国家機密・営業秘密、ブロッキング法、現地の労働法及び弁護士・依頼者間通信の保護範囲は法域によって異なる。日本本社が全ての端末データを国内へ移転し、海外法律事務所へ一括共有することは、調査の迅速性とは別の法的問題を生む。各国の法務担当者と調査対象、取得権限、データ保全手段、移転根拠、閲覧者、記録保存及び資料提出のルールを整合させ、必要に応じて当該国の弁護士を通じて適法な調査を進めるべきである。
米国司法省の2026年3月の企業執行方針は、会社が捜査協力を評価されるための要件として、関連する非特権情報の適時の提供、関係者に関する事実の説明、海外文書の保存・収集・提供、法令上の移転制約がある場合の合理的かつ適法な代替方法の提示等を詳しく定める。一方で、適用される法令・証拠保護を無視して無制限に資料を提出することを求めているわけではなく、弁護士・依頼者間秘匿特権やワークプロダクトの放棄を一般的な条件としていない。この米国の方針を、日本の捜査機関や英国当局にそのまま適用することもできない。どの国のどの当局に何を、いつ、どの法的根拠で説明するかを、調査の進展と管轄分析に即して決定する必要がある。
自主申告の判断は、単純な早期公表と同義ではない。報告義務の有無、疑義の確度、証拠が消失する危険、関係者への不利益、上場会社の適時開示、契約上の通知義務、当局の捜査権限、国際的な重複手続及び是正の実施可能性を組み合わせて評価する。確認できていない事実を対外的に確定事項として述べることを避けつつ、調査着手・停止措置・暫定報告・是正策の決定過程を残すことが肝要である。違法な支払への関与が疑われる役員自身に調査の範囲や公表内容を単独で決定させないため、必要に応じて独立した取締役や外部専門家を関与させる。
制度を平時の経営に戻して考えれば、企業の腐敗防止体制は、契約書と研修資料の整備状況ではなく、危険な取引を拒絶できたか、例外承認を誰が記録したか、内部通報がどこへ届いたか、是正までの時間がどれほどかかったかによって評価されるべきである。経済産業省の2024年改訂指針、英国政府の六原則及び米国司法省のコンプライアンス評価文書は、法的位置付けを異にしながらも、リスクに応じた体制整備、経営陣の関与、第三者管理、記録、監視と継続的な改善という共通の実務課題を示す。経営者・取締役会が負うべき役割は、単に法令違反を禁じる訓示を行うことではない。海外で受注を目指す事業部門が、適法な取引条件を維持したまま競争できる仕組みを支え、不正が疑われるときには法的に適切な調査と是正をためらわない統治を実現することである。
FAQ(よくある質問)
Q1 外国公務員贈賄罪は、日本のどの法律で定められているのか。
不正競争防止法第18条第1項が外国公務員等に対する不正の利益の供与、申込み及び約束を禁止している。刑罰は同法第21条、法人に関する両罰規定は第22条に定められている。
Q2 外国公務員に対する接待や贈答は、金額が少なければ必ず適法か。
少額であることのみを理由に適法と断定できない。利益の性質、目的、相手方の職務、入札・許認可との関係、時期及び支払の実態等を、各国の適用法令に即して判断する必要がある。
Q3 国営企業の社員は外国公務員等に当たるのか。
該当する場合があるが、国が株式を保有する全ての企業の社員が当然に含まれるわけではない。不正競争防止法第18条第2項及び関係政令の要件に基づき、政府の支配、権益、職務等を確認する。
Q4 実際にお金を払っていなければ、日本法上の贈賄罪にはならないのか。
そのようにはいえない。不正競争防止法第18条第1項は利益の申込み及び約束も禁止している。具体的な働き掛け、目的及び行為の内容を検討する必要がある。
Q5 2024年の改正によって罰則はどう変わったのか。
2024年4月1日施行の改正により、所定の外国公務員贈賄行為について自然人は10年以下の拘禁刑又は3,000万円以下の罰金若しくは併科、両罰規定が適用される法人は10億円以下の罰金刑とされた。法定刑の上限であり、個別の量刑を意味しない。
Q6 外国籍の海外従業員による支払についても日本法が適用されるのか。
日本企業の外国籍従業員による国外の単独行為にも処罰が及び得るよう、2024年改正で規律が拡充された。ただし、行為者の所属と法人との関係、業務関連性、日本法の適用根拠等を個別に検討する必要がある。
Q7 代理店が勝手に賄賂を支払った場合、日本本社や海外親会社は必ず処罰されるのか。
必ずしもそうではない。会社との関係、指示・承認・認識、支払目的、両罰規定その他適用法域の法人責任の要件を調べる必要がある。刑事責任とは別に、監督、契約及びレピュテーション上のリスクが生じる。
Q8 米国FCPAは、2025年の大統領令で廃止されたのか。
廃止されていない。2025年2月の大統領令及び同年6月の司法省指針は、捜査・訴追方針の見直しに関するものであり、FCPAの条文、米国証券取引委員会の権限及び外国法の適用を消滅させるものではない。
Q9 英国Bribery Actの企業責任は、日本企業にも及ぶのか。
英国で事業の全部又は一部を営む等の法定要件を満たす外国法人には第7条が適用され得る。ただし、英国子会社の存在だけで常に日本親会社の犯罪成立が確定するわけではない。関係者の役務提供実態及び適用要件を確認する。
Q10 海外企業を買収する際、贈賄リスクをどのように契約へ反映すべきか。
公共取引、代理店支払、許認可及び過去の通報・調査をDDで検証し、判明した事実に応じて表明保証、補償、是正協力、実行条件及び買収後の統制を設計する。民事契約によって刑事責任や当局判断そのものを消すことはできない。
Q11 贈賄の疑いを発見した企業は、直ちに当局へ自主申告すべきか。
報告義務及び適用される当局方針、事実の確度、証拠保全、関係者の権利、他法域との関係等を速やかに確認して判断する。米国司法省の2026年3月方針は一定の自主申告等を評価するが、他国への申告に当然に同じ効果があるものではない。
代表弁護士 道下剣志郎「Legal Update」について
SAKURA法律事務所及び代表弁護士 道下剣志郎は、企業法務、M&A、プライベート・エクイティ、国際取引・国際紛争、金融規制、企業統治、危機管理、コンプライアンス、AI・データ保護その他企業の重要な経営判断に関わる法的課題について、公式一次資料と実務上の検討を結び付ける「Legal Update」を継続して公表している。本シリーズは、現行法と未施行法、行政指針、外国当局の執行方針、実務上の推奨事項を厳密に区別し、企業経営者、法務責任者及び国内外の専門家にとって利用できる判断材料を提供することを目的とする。
関連情報:SAKURA法律事務所公式サイト / 代表弁護士 道下剣志郎プロフィール
SAKURA法律事務所に相談できる事項
SAKURA法律事務所では、外国公務員贈賄罪の成立要件と日本法の適用範囲、米国FCPA・英国Bribery Act等との関係整理、海外子会社の贈賄防止規程、販売代理店・コンサルタント契約のリーガルレビュー、第三者デューデリジェンス、海外M&Aにおける腐敗リスクの調査とSPAのリスク配分、国内外の内部通報・内部調査、取締役会の監督体制、疑義発覚後の証拠保全及び当局対応等について、必要に応じて現地法律専門家とも連携しながら法的な検討を行う。実際の刑事責任、当局の判断、取引の適法性は、各法域の法令及び具体的事実に基づく検証を要する。
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〒106-0032 東京都港区六本木一丁目4番5号 アークヒルズサウスタワー4F
代表弁護士 道下 剣志郎
主な参考資料
1. e-Gov法令検索|不正競争防止法(平成5年法律第47号。第18条、第21条、第22条)
2. 衆議院|不正競争防止法等の一部を改正する法律(令和5年法律第51号、成立法)
3. 経済産業省|不正競争防止法 令和5年改正の概要・施行日(2024年4月1日)
4. 経済産業省|外国公務員贈賄防止:制度、指針及び関連資料の公式掲載ページ(2026年4月更新)
5. 経済産業省|外国公務員贈賄防止指針(令和6年2月改訂版、PDF)
6. 経済産業省|外国公務員贈賄防止指針のてびき(令和6年3月改訂版、PDF)
7. 経済産業省|不正競争防止法テキスト(2025年改訂、外国公務員贈賄防止指針の概要を含む、PDF)
10. 米国司法省|FCPA Statutes and Regulations(法令・規則)
11. 米国司法省・証券取引委員会|A Resource Guide to the U.S. FCPA, Second Edition(2020年版、2024年追補掲載)
12. 米国連邦官報|Executive Order 14209(2025年2月10日署名、同月14日官報掲載、PDF)
13. 米国司法省|Guidelines for Investigations and Enforcement of the FCPA(2025年6月9日、PDF)
14. 米国司法省|Corporate Enforcement and Voluntary Self-Disclosure Policy(2026年3月10日、PDF)
15. 米国司法省|Evaluation of Corporate Compliance Programs(2024年9月改訂版掲載)
16. 米国司法省|FCPA Resource Guide Addendum on Foreign Extortion Prevention Act(2024年12月13日、PDF)
17. 英国法令公式サイト|Bribery Act 2010(法律全文)
18. 英国法令公式サイト|Bribery Act 2010, section 6(外国公務員贈賄)
19. 英国法令公式サイト|Bribery Act 2010, section 7(防止不履行と十分な手続の抗弁)
20. 英国法務省|The Bribery Act 2010: Guidance(section 9に基づく公式ガイダンス、PDF)
免責事項
本稿は、2026年10月9日までに公表された不正競争防止法、2023年改正法及び2024年施行関係資料、経済産業省の外国公務員贈賄防止指針、OECDの条約・勧告、米国FCPA、米国司法省の2025年6月捜査・訴追指針及び2026年3月企業執行方針、英国Bribery Act 2010並びに英国政府ガイダンス等の公式一次資料を基礎とする一般的な法律情報である。本稿は個別事案についての法律意見、刑事責任の判断又は当局処分・不起訴を保証するものではない。
外国法の適用範囲、当局の執行上の裁量、法人責任及び国境を越える証拠開示は、その時点の法令、判例、執行政策及び事実関係により異なる。日本の行政指針、OECD勧告、米国司法省の執行方針及び英国政府のガイダンスは、それぞれ法令との関係が異なり、互いに同一の法的効力を有するものではない。特定の支払、代理店起用、買収又は自主申告を判断する際には、最新の公式資料を確認し、必要に応じて各国法の専門家による個別検討を受ける必要がある。