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2026.10.29

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【SAKURA法律事務所 代表弁護士 道下剣志郎 Legal Update】中東情勢と企業の事業継続をめぐる法務――ドバイ・バーレーン拠点、不可抗力、海上輸送・戦争保険、決済と紛争対応【2026年版】について公開いたしました。

SAKURA法律事務所 | LEGAL UPDATE No.50

当初原稿の調査基準日:2026年10月19日

分析基準日・最終改訂日:2026年10月27日

SAKURA法律事務所 代表弁護士 道下剣志郎

中東の情勢変化が企業に及ぼす影響は、現地で設備が損傷した場合に限られません。ドバイの販売会社に届くはずの機材が別の港で留め置かれ、バーレーンの保守現場へ人員を送れず、他方で日本の供給者への支払、現地の賃料、銀行保証の期限だけは到来する。そのような局面では、操業を続けるべきかという経営判断と、契約上の責任を免れるかという法律判断が、異なる基準と時間軸で進みます。国際海事機関(IMO)の中東・ホルムズ海峡に関する情報、各国の安全情報、船社や保険者の通知は、この判断のための重要な資料ですが、いずれか一つが企業間契約の結論を自動的に決めるものではありません。⁠[1]⁠[18]⁠[19]

2026年には、この問題を考える際の法的な前提も動いています。アラブ首長国連邦(UAE)では、2025年連邦政令法第25号による新民事取引法が6月1日に施行されました。ドバイ経済観光庁(DET)がDubai Chambers及びBaker McKenzieと協働して公表した実務ガイドは、旧法との適用関係を踏まえ、不可抗力、履行困難、通知及び損失軽減を扱っています。ドバイ国際金融センター(DIFC)の控訴裁判所も4月、2024年の洪水に関係する賃貸借事件で、不可抗力と支払義務の関係を判断しました。国際商業会議所(ICC)の銀行委員会も、中東紛争を背景とする貿易金融規則の取扱いを4月に公表しています。安全情報の更新だけでなく、契約法、保険条件及び銀行実務の変化を併せて読む必要があります。⁠[2]⁠[3]⁠[5]⁠[15]

本稿は、2026年10月27日を分析基準日として、UAE・ドバイ及びバーレーンに拠点又は取引を持つ日本企業、経営者、General Counsel、金融機関及び海外企業に向け、事業中断の初動から契約変更、海上輸送、保険、決済、人員保護、紛争解決までを検討するものです。既刊第46回の経済制裁・輸出管理の一般論を繰り返すのではなく、適法に取引できる案件でも、予定した方法で履行できなくなった場合に、誰が何を続け、どの損失を負い、どの権利を残すべきかを主題とします。

以下では、法令、裁判例、行政機関の解説、業界団体のモデル条項及び保険者自身の通知を、その法的性質に従って区別します。地域全体の安全性や航路の将来を断定するものではなく、特定の戦闘、空域制限又は港湾閉鎖が現在すべての取引に及んでいるとの前提も置きません。企業の対応例は、個別案件についての事実認定ではなく、契約・業務を検討するための実務上の設計例です。

本稿の要旨

安全のために事業を止める必要があることと、その停止による契約責任が免除されることは別です。経営陣は人員保護を先行させつつ、対象契約、履行義務、具体的な障害、代替手段及び通知期限を直ちに特定する必要があります。単に中東情勢を理由とする通知を発しただけでは、履行不能と損失との因果関係も、契約上の手続要件も立証できません。

UAEの一般民事法が適用される契約、DIFC法が適用される契約及びバーレーン法が適用される契約では、不能、過重な負担、支払義務及び救済の組立てが異なります。とりわけ、UAEの2026年施行法と旧法を混同すること、バーレーンの裁判所による負担調整を一方的な値上げ権へ読み替えること、DIFCの不可抗力規定をすべての支払の免除と理解することは避けなければなりません。⁠[2]⁠[3]⁠[4]⁠[5]

海上輸送と保険も一組の契約ではありません。船主に戦争危険を理由とする航行回避の権利がある場合でも、それが荷主の売買契約上の免責を当然にもたらすとは限りません。貨物のオールリスク条件にも戦争危険・遅延等の免責があり、戦争保険を付けても営業上の損失のすべてが担保されるわけではありません。2026年の保険者の通知は、対象商品、発効時刻、除外海域及び復活条件まで確認する必要があります。⁠[7]⁠[8]⁠[11]⁠[12]⁠[13]⁠[14]

決済では、銀行自身の業務中断と、顧客側の輸送・資金繰りの支障を分けます。ICCの2026年文書は、中東紛争が貿易金融規則を自動的に変更するものではないと説明しています。契約通貨、支払銀行、書類の提出方法、保証の期限及び未履行部分の取扱いを、当事者と銀行の双方に効力のある合意として整えなければ、現場の応急対応と法的な決済条件が食い違います。⁠[15]⁠[16]

実務上の到達点は、不可抗力に該当するかという結論だけではありません。人員の安全、追加費用の管理、既履行分の回収、保険上の権利、再開条件及び紛争時の救済を同時に確保することです。交渉による暫定合意と、必要な保全・仲裁を組み合わせ、会社が継続又は縮小・撤退を選べる状態を維持することが、事業継続法務の中核になります。

第1章 初動の基準を取り違えない――安全確保と契約上の責任を並行して判断する

情勢が急変したとき、企業が最初に必要とするのは、地域全体について不可抗力を宣言する文書ではなく、自社のどの業務に何が起きたかを確定する記録です。港湾当局による作業制限、船社の運航判断、保険者の補償条件変更、航空便の欠航、従業員の退避及び銀行の支払審査は、発出主体も理由も法的効果も異なります。行政命令と民間企業の経営判断を同じものとして扱うと、相手方から代替手段の不存在や因果関係を問われた際に説明できません。原文の通知、対象区間、開始時刻、見直し予定及び自社の注文・履行との関係を残すことが、後の交渉の基礎となります。⁠[1]

例えば、日本の機器メーカー、ドバイの販売子会社及びバーレーンの据付先が関わる取引を考えます。日本からの船積みが可能でも、最終現場の受入れが止まれば、倉庫料、保険期間及び保証開始時期に問題が生じます。反対に、販売会社の事務所を一時閉鎖しても、遠隔で注文処理と送金を継続できる場合には、すべての契約義務が不能になったわけではありません。供給、輸送、据付、保守及び代金債務を分け、履行できる部分まで不必要に止めない設計が、損失と紛争の双方を抑えます。

その際、契約の当事者をグループ全体という感覚で扱ってはなりません。日本本社が交渉を主導していても、売買代金の債権者、船腹の手配者、被保険者及び現地の雇用主は別法人である可能性があります。本社の判断で現地子会社の支払を止めたり、別会社の保証を提供したりする場合には、権限、承認及び責任の帰属を確認する必要があります。危機時の意思決定は迅速でなければなりませんが、誰がどの会社を代表して何を約束したかが曖昧なままでは、再開後も法的な不確実性が残ります。

契約ごとの準拠法も、この段階で確定します。ドバイの住所があることは、それだけでDIFC法の適用を意味せず、英語で作成された契約がイングランド法準拠になるわけでもありません。実体準拠法、裁判管轄又は仲裁合意、仲裁地及び現地で強制的に適用される規律を分けて確認します。一般のフリーゾーンという名称も、DIFCと同じ独自の民商事法体系を当然に備えるという意味ではありません。複数の契約が異なる法を選んでいれば、一方では停止を認められながら、他方では納入遅延の責任が残ることがあります。⁠[2]⁠[5]⁠[20]

安全上の判断は、この契約分析の終了まで待たせるべきではありません。必要な退避や移動制限を先行させたうえで、その根拠、代替要員・遠隔対応の可能性、再評価の時期及び相手方への連絡を記録します。社内の安全基準が契約上の停止事由に取り込まれているか、単なる社内方針にとどまるかは別に検討します。外務省等の注意喚起は安全判断に重要ですが、それをそのまま全契約の解除条件と扱うことはできません。⁠[17]⁠[18]⁠[19]

初期の通知では、対象契約と義務、確認できた障害、その時点で判明する影響、損失を抑える対応及び次回報告の予定を具体的に記載します。資料が十分でない場合にも、契約上必要な初期通知を行い、追って証拠を補充する方法を検討します。ただし、一般的な権利留保の一文で、宛先、方式、期限又は必要事項の欠缺が常に補えるわけではありません。不可抗力通知、納期延長請求、保険事故通知及び銀行への連絡は、それぞれの要件に従って行う必要があります。⁠[2]⁠[5]⁠[15]

第2章 履行不能と採算悪化――UAE・DIFC・バーレーンの救済と契約実務

契約上の不可抗力を検討する際には、戦争、政府行為、港湾閉鎖等が列挙されているかだけでなく、その事象がどの程度履行を妨げた場合に、何の救済を認めるかを読みます。履行を不可能にすることを求める条項と、妨害又は遅延を対象に含める条項では、必要な立証が異なります。通知、合理的な回避努力、一部履行、下請業者の支障、長期化した場合の終了も、契約全体のリスク配分として理解しなければなりません。ICCのモデル条項も、不可抗力とハードシップを分けていますが、モデルの存在だけで個別契約にその内容が補充されるわけではありません。⁠[6]

UAEについては、旧民事取引法の条文番号を前提とした解説を、そのまま2026年施行の新法の説明として引用してはなりません。2025年連邦政令法第25号は2026年6月1日施行の新民事取引法を定めています。DET掲載ガイドは、原則的な不遡及を踏まえ、施行前の契約には明文の別段の定めがない限り旧法が引き続き関係すると説明します。単に履行日が施行後であることから、すべて新法へ置き換わるとはいえません。締結時期、事象、契約類型及び経過規定を確認したうえで、予見・回避可能性、客観的な不能、直接の因果関係及び主張者の帰責性を検討します。⁠[2]⁠[3]

同ガイドが引用する新法236条は、双務契約における不可抗力による全部不能について、対応する義務の消滅と契約の当然解消を定める一方、一部不能については、いずれの当事者も対応部分の反対義務の消滅を主張し、又は裁判所へ契約解消を求め得る仕組みを示しています。継続的契約における一時的不能も別に扱い、対応する反対義務の消滅、契約変更の請求又は裁判所による契約解消が問題となります。旧法273条の説明を流用せず、不能の範囲・期間と、誰がどの救済を求められるかを区別する必要があります。ここでの新法の説明は、公式法令情報と同ガイドの引用・解説により確認できた範囲に限定しています。⁠[2]⁠[3]

他方、不能に達しない事情変動に法的な調整の余地がないと決め付けることも適切ではありません。DET掲載ガイドは、履行が可能でも、例外的かつ予見できない事情によって過重な負担と重大な損失の危険が生じる場合には、裁判所による義務の調整等が問題となることを説明しています。ただし、制度が存在することと、受注者が直ちに見積額を引き上げ、又は作業を放棄できることは同じではありません。通常の価格変動と例外的な負担を分け、適用法・契約の要件、合意による費用調整、裁判上の救済及び既履行部分の清算を検討する必要があります。⁠[2]⁠[3]

バーレーン民法130条は、この区別を明瞭に示します。契約後、履行完了前に、締結時に予見できなかった異常な一般的事情が生じ、履行は不能ではないものの債務者に重大な損失を脅かす過重な負担となった場合、裁判官が双方の利益を衡量して義務の範囲を縮小し、又は反対給付を増加させ、合理的な水準へ調整する仕組みを置いています。これに反する合意は無効とされます。しかし、通常の仕入価格の変動や自社固有の資金不足を、同条の例外的な要件を満たす事態と当然に扱うことはできません。⁠[4]

同法145条は、双務契約について、一方の義務がその者に帰責できない外部原因により不能となった場合に、その義務と対応する反対義務が消滅し、契約が当然に解消する場合を定めています。一部不能では、事情に応じ、債権者が残る履行可能部分を維持し、又は解除を求める構造です。したがって、全部不能、部分的な支障及び著しい採算悪化を一つの不可抗力通知で処理することはできません。継続的な供給では、既納分、未納分及び将来の最低購入義務を分け、法定効果と契約上の調整余地を現地法に即して検討します。⁠[4]

DIFCでは、支払義務の性質が特に重要です。控訴裁判所のCA 006/2026、The Collection Club Restaurant Limitedほか対Mag Development Services Limited事件は、賃料等に関する不可抗力の抗弁を審理から排除した判断への控訴です。2026年4月14日の控訴棄却命令について同月24日に理由が示され、DIFC契約法82条の不可抗力と83条の支払請求が検討されました。裁判所は、単純な支払義務に当たるかを契約全体ではなく問題となる義務に即して判断し、本件賃料は10年間の排他的占有権の対価であって、借主が別の行為又は役務を遂行する義務に結び付くものではないとしました。他方、別の行為・役務に結び付く支払まで常に同じ扱いになるとはしていません。2024年の洪水と資金調達難に関する事件であり、戦争や賃貸借の全争点を最終判断したものではありません。⁠[5]

同判断に引用された82条3項は、障害と履行への影響の通知が、障害を知り又は知るべき時から合理的期間内に相手方へ到達しなかった場合に、その不達による損害の責任を定めています。法定の効果を、通知が遅れれば一切の免責が当然に失われるという説明へ置き換えず、契約が別途定める通知条件と区別する必要があります。また、同条4項は解除、履行留保及び支払期の到来した金銭に係る利息請求を一律に排除しません。裁判所は、イングランド法のfrustrationと82条の不可抗力も異なる概念であるとしています。DIFCがコモンローを基礎とする法域であることだけから、英国法の契約終了法理が当然に補充されると考えるべきではありません。⁠[5]

この判断から実務上導かれるのは、事務所や店舗の売上が落ちた、従業員が出勤できない、又は災害があったという事実だけから、支払を一括して止めないという姿勢です。同時に、物件の使用不能に関する賃貸借の別条項、相手方の先行する債務不履行又はその他の適用法上の救済まで、一律に否定されたと読むべきでもありません。どの債務の何が妨げられたかを分け、期限前に暫定的な減額・猶予を交渉する方が、未払による解除や保証実行を招いてから争うよりも選択肢を残せます。

いずれの体系でも、救済の主張は証拠と経済分析に支えられなければなりません。代替港を使えるが費用が増えるのか、法令又は物理的障害により代替もできないのか、当該業者だけが船腹を確保できないのかは別問題です。追加費用の見積り、代替案を採用できない理由、当初から存在した遅延及び情勢変化により新たに生じた遅延を分離します。契約が継続できる条件を具体的に示すことは、免責の主張を弱めるためではなく、過大な要求を避け、交渉と後の立証を両立させるために重要です。

第3章 海上輸送の契約連鎖と追加費用――船社の航行回避と売主の責任

海上輸送が止まったとき、荷主が船社から受領する通知は、売買契約の免責を直接証明するものではありません。船主と傭船者、運送人と荷送人、売主と買主、元請と下請は、それぞれ異なる契約に従います。船主が契約上認められた安全判断として航行を拒否できても、売主は別の船社又は別の引渡し方法を検討する義務を負っていることがあります。逆に、買主が船腹を指定する契約では、その手配又は受入れの不備がどちらの責任となるかが問題になります。物流部門が受け取った通知を、そのまま法務部門が転送して終えるべきではありません。

国際海運団体BIMCOのCONWARTIME 2025は定期傭船、VOYWAR 2025は航海傭船について、それぞれ戦争危険を理由とする対応と費用を組み立てています。前者は船長又は船主の合理的判断による危険の評価、航行・滞在の回避等を扱い、後者は積載前後の局面と代替航路等を扱います。2026年3月3日のBIMCOの案内も、当時の中東情勢を受けてこれらの条項の確認を促しています。ただし、確認すべきものはモデルの最新版ではなく、自社又は関係当事者が実際に組み込んだ版と修正文言です。船荷証券への取込みや、売買契約との連動も個別に判断する必要があります。⁠[7]⁠[8]⁠[9]

追加保険料の請求については、金額が急騰したという説明だけで承認せず、適用条項、対象船舶、航路、期間、実際の負担及び控除を確認します。CONWARTIME 2025の(d)項は、航海に係る割引・利益・無事故返戻等を控除した実際の保険費用を対象とし、請求書及び裏付資料の受領から15日以内の償還を定めています。要請があれば、船主が適切な補償・条件を得るため合理的努力を尽くしたことの説明も問題となります。これは通知額の無条件な全額転嫁ではありません。なお、同条項(b)項は契約締結時に存在していた戦争危険も扱うため、法定の不可抗力における予見可能性の議論と混同せず、採用文言を確認する必要があります。⁠[7]

航路変更も、距離の増加だけで費用を算定するとは限りません。VOYWAR 2025の(c)・(d)項は、代替港への荷卸し又は代替航路について、船主が資料で示す推定所要時間や、発生又は節約される費用に基づく運賃調整を予定し、増額だけでなく減額も扱います。燃料、滞船、積替え、保管、警備又は乗組員関連費用について、どの条項が根拠となり、既存の運賃・保険料に何が含まれているかを確認し、同じ費用の重複計上を防ぐ必要があります。⁠[8]

代替港を決める権限と期限も重要です。同モデル(c)項の積載開始後の場面では、安全な荷卸港を指定するよう船主が通知し、傭船者が受領から72時間以内に指定しなければ、所定の要件の下で船主が積出港を含む安全港を選択できます。積載前の(b)項における72時間の指定機会は、合意された港の範囲内で積み又は卸す契約についての条件付きの取扱いです。すべての戦争危険による取消しに同じ猶予期間が当然に付くわけではなく、通知受領時刻と契約の構造を直ちに確認します。⁠[8]

売買契約では、採用したIncotermsの規則と版、指定港・指定地点を確認し、その引渡し、危険及び費用の配分を、輸送契約と照合します。輸送中に危険が買主へ移っていることと、売主の引渡義務が完了したこと、船積書類が適合していること、代金の支払期限が到来したことは、常に一つの問題ではありません。とりわけ、仕向港変更や分割船積みを現場で決めると、信用状の条件、保険の仕向地及び据付契約の工程にも変更が必要になります。インコタームズだけで不可抗力、所有権又は契約終了のすべてを処理しようとせず、関係条項を整合させます。⁠[10]⁠[15]

実行可能な代替案を選ぶ際には、輸送費だけでなく、通関、現地保管、再梱包、温度管理、盗難、検収及び保証開始まで含めた総費用を比較します。代替港への搬入が適法・安全でも、買主がそこから引き取る義務を負っていなければ、売主側に機材と支払未了のリスクが残ります。暫定合意では、変更する引渡地点と費用、誰が運送人へ指示し、誰が保険者・銀行へ連絡するかを確定します。荷物を動かす決定と、その貨物に結び付く権利を動かす決定を同時に行うことが、中断時の物流法務です。

第4章 戦争保険の担保と限界――地理的除外、保険期間と請求権の保全

保険の有無を尋ねるだけでは、危機時の損失負担は分かりません。貨物そのものの損傷、船舶の損傷、運送人の対外責任、営業の中断、売掛金の不回収及び従業員の退避費用は、通常、検討すべき保険の種類と要件が異なります。契約の責任上限や相手方の補償約束も、保険者の支払義務をそのまま広げません。取引単位で、どの財産又は利益を、誰が、どの危険について、どの期間・地域で保険に付しているかを確認する必要があります。

保険者が公表するInstitute Cargo Clauses(A)の2009年版は、広範な危険を担保する一方、4.5条で遅延による損失等を、6条で所定の戦争危険等を免責としています。Institute War Clauses(Cargo)の同年版にも3.5条の遅延免責があります。ただし、両方の遅延免責には、それぞれ2条に基づき支払われる費用を除く旨の留保があり、所定の共同海損・救助料まで一律に排除されるわけではありません。この例外が、販売機会の喪失、契約上の遅延損害金又は営業損失を一般に補償するものでもありません。採用された版と特約を確認し、事故原因、損失の種類及び費用の法的性質を分けて請求を構成します。⁠[11]⁠[12]

戦争危険の保険期間にも注意が必要です。2009年戦争約款5.1条では、原則として外航船への積込みで担保が始まり、最終の荷卸港・場所で荷卸しされた時と、そこへの船舶到着日の終了時(深夜)から15日を経過した時の、いずれか早い時に終了します。ただし、5.2・5.3条等の特則があります。積替港での待機も無期限ではなく、5.2条の15日は原則として船舶の到着日の終了時(深夜)を基準とし、荷卸し後は当該港・場所にとどまる間の担保として扱われます。通常の貨物保険と同じ感覚で、倉庫保管・陸送・再船積みまで連続して戦争危険が担保されるとはいえません。⁠[12]

仕向地変更については6条の速やかな通知と、保険料率・条件の合意を確認します。条件合意前に事故が起きた場合の取扱いも規定されていますが、合理的な市場料率・条件で担保が利用可能であったこと等が問題となるため、無条件の継続担保と理解すべきではありません。保険者への確認を移動指示に先行させ、必要な特約、再付保、追加保険料及び担保の開始・終了を区間ごとに記録することが重要です。⁠[12]

2026年のGardの通知は、保険を静的な契約書として扱えないことを示しています。3月1日付の01/2026通知は、列挙された商品の戦争危険部分について取消しを通知し、3月5日午前0時(GMT)から指定地域を除外して復活させる構造を採りました。8月12日付の08/2026通知では、所定の商品に係る既存の紅海除外をインド洋・アデン湾方面へ拡張し、8月16日午前0時1分(GMT)から反映しています。両通知は対象商品・海域を特定し、相互P&I(船主責任保険)のExcess War Risks coverには影響しない旨を明記します。これらは各通知時点の個別措置の例であり、すべての貨物保険の現在の補償が一律に消滅したことを示すものではありません。⁠[13]⁠[14]

企業側が必要とするのは、保険者の一般的な市況説明ではなく、自社の保険証券にどの通知と特約が適用されるかについての確認です。保険契約者と被保険者、共同被保険者、開始時刻の時間帯、対象海域の定義、既に危険区域内にある貨物・船舶の扱い、追加保険料による担保の可否を照合します。海域の名称だけで判断せず、座標や沿岸水域の例外を実際の航路と重ねる必要があります。追加保険料を見積もったことと、保険者が担保を引き受けたことを区別し、必要な承認がないまま出港・積替えを先行させない管理が重要です。

事故後は、安全確保と損失の拡大防止を優先しつつ、通知、損害調査、費用明細及び第三者に対する権利を保全します。運送人との早期解決を優先して包括的に請求を放棄したり、証拠物を処分したりすれば、保険者の調査や代位回収を妨げる可能性があります。緊急対応の承認、責任の承認及び最終的な和解は別の意思決定として管理します。保険金の支払見込みを確定前に全額収入へ織り込まず、争いのある損失、免責金額、支払時期及び保険で埋まらない資金不足を、事業継続計画へ反映すべきです。

第5章 商品が止まっても支払の時計は止まらない――銀行、通貨、信用状と保証

中東関連取引で銀行送金が遅れた場合には、決済経路の停止、制裁確認、本人・取引確認の不足、銀行のリスク方針及び単なる資金不足を分ける必要があります。銀行が取扱いを拒んだという事実だけで、法律上あらゆる履行が禁止されたことにはなりません。他方で、契約上支払う義務があるからといって、適用される制裁や資金移動規制に反して送金してよいわけでもありません。関係者、取引目的、商品、通貨及び経由銀行を確定し、法的な禁止と銀行固有の取扱条件を区別したうえで、適法な代替方法を協議します。

ICC銀行委員会が2026年4月20日に公表した4月8日付の中東紛争に関する文書は、信用状、独立保証、取立等の国際規則であるUCP 600、URDG 758、URC 522及びISP98の取扱いが、混乱によって自動的に変わるものではないと説明しています。不可抗力に関する規則を検討する際に重要なのは、銀行自身の業務が中断しているかであり、銀行が営業を継続しているのに、申込人又は受益者の貨物輸送・資金繰りが難しくなったことを、そのまま銀行の不可抗力へ置き換えることはできません。契約の当事者と、信用状・保証等の義務を負う銀行の状態を分けて把握する必要があります。⁠[15]

例えば、原本の船積書類を送れない場合、相手方が電子メールの写しを受け取っただけでは、銀行に対する適合した提示となるとは限りません。同ICC文書は、原本の送付が困難な場合の写し又は電子的方法について、関係者間の合意や規則上の枠組みを検討しています。eUCP又はeURCを使うには明示的な取込みが必要であり、URDGには電子提示に関する規定があることも区別しています。支店、提示場所、期限、輸送書類の記載及び必要な変更承認を確認し、商取引の合意だけで銀行が拘束されると考えないことが重要です。⁠[15]

代替通貨も同様です。英国最高裁の2024年5月15日判決、RTI Ltd v MUR Shipping BV [2024] UKSC 18は、米ドル支払を定めた契約で、ユーロによる支払と換算費用の負担が提案された事案を扱いました。同判決9項によれば、当該米ドル支払自体が制裁によって禁止されていないことは当事者間に争いがなく、問題は銀行処理による遅延のおそれでした。裁判所は、明確な文言がない限り、不可抗力条項の合理的努力義務から契約外の履行の受領義務は導かれないとしました。この原則と、制裁時の特別な協力・代替履行条項がある場合の解釈は分ける必要があります。イングランド法の判断をUAE又はバーレーンの一般法へ移すことはできませんが、経済的に同額なら必ず受領すべきだという前提の危険を示します。⁠[16]

実務では、代替通貨の種類、換算日時と為替レート、手数料、着金不足、元の通貨での債務がいつ消滅するかを合意します。口座を変更する場合には、契約上の受領権者と口座名義の一致を確認し、既知の連絡先で変更指示を検証します。混乱を口実にした第三者口座への送金や、取引実態を不明瞭にする経由地の変更を安易に認めてはなりません。送金方法の変更と、制裁等を迂回するための名義・経路の偽装は、明確に分ける必要があります。

信用状や保証については、基礎契約が争われていることと、銀行への請求・提示の可否を区別します。納期延長や工事停止を合意しても、保証の有効期限や提示条件が当然に変わるとは限らず、反対に、保証が残っている間は相手方から請求されるリスクもあります。争いのある追加費用と、既に納入・検収した部分の代金を分け、無争議部分を先に支払う仕組みを検討します。猶予合意では、遅延利息、期限の利益、担保・保証人への影響及び違反時の取扱いまで定め、単なる担当者間の支払延期のメールで処理を終えないことが重要です。

地域拠点の運転資金も、入金の遅れと同じ時間軸で見ます。顧客からの回収が止まっても、従業員、保管業者、保険者及び銀行への支払が残る場合、法的には強い債権を持ちながら事業を維持できなくなることがあります。経営陣は、支払義務が残る額、法的に争える額、交渉で猶予を得た額及び実際に使える資金を区分します。不可抗力の主張をすることと、現金が確保されることは別であり、法務上の権利を資金繰りへ正確に接続する必要があります。

第6章 ドバイ・バーレーンの拠点を守る――人員、権限、情報と事業再開の条件

事業継続計画は、全員が現地に残り同じ仕事を続ける計画ではありません。人命と健康を守りながら、不可欠な意思決定、顧客対応、支払、情報保全及び再開準備を継続する計画です。日本法が適用される労働契約では、労働契約法5条の安全配慮義務が基礎となり、厚生労働省の説明も、生命・身体の安全に心身の健康を含め、業務・就業場所等の具体的状況に応じた配慮を求めています。ただし、日本本社があることだけで、すべての現地雇用に同じ日本法が当然適用されるわけではありません。⁠[17]

駐在員、出張者、現地採用者、派遣先又は委託先の人員について、雇用・指揮命令の主体、退避判断の権限、連絡、移動手段、家族、医療及び費用負担を区別して定めます。出勤又は渡航を求める側は、取引先から強く要請されたことを安全判断の代わりにできません。反対に、退避を命じる場合にも、その後の就業場所、給与・手当、休暇の扱い及び業務連絡を曖昧にしないことが必要です。現地の労働法、出入国・就労規制及び契約を確認し、危機を理由に賃金や雇用関係を当然に停止できると考えるべきではありません。

外務省のUAE及びバーレーンの更新ページは、国別の危険情報に加え、広域情報及び現地公館の情報へ接続しています。企業は一度確認した情報を固定的に使うのではなく、発出主体、更新日時及び対象地域を記録し、現地当局、航空会社、医療・支援事業者等の情報と併せて判断を更新します。全社一律の国名だけの基準では、空港へ移動できる時間や、特定の施設・業務の危険が見落とされることがあります。安全上の停止・再開基準と、顧客に約束したサービス水準が異なる場合には、契約条件自体を調整する必要があります。⁠[18]⁠[19]

少人数拠点では、責任者一人の不在が、会社口座、認証端末、署名、給与支払及び契約更新の停止に直結することがあります。平時から代行順位、複数承認、遠隔で可能な行為と現地でしかできない行為を確定し、銀行や重要取引先への権限登録と一致させるべきです。緊急権限を広げる場合も、対象業務、金額、期間及び事後報告を限定し、危機が落ち着いた後の権限回収まで定めます。会社としての継続性は、担当者の善意や個人端末の利用だけに依存させないことが重要です。

データと証拠の移動にも同じ視点が必要です。現地のシステムが利用できなくなる可能性に備え、契約、注文、請求、物流記録、保険通知及び承認の履歴を適法にバックアップし、別拠点から必要な範囲で参照できるようにします。他方、退避を理由に、顧客の個人情報や機密データを私用クラウドへ無制限に移すことは避けるべきです。適用される個人情報・業法・契約上の制約、アクセス権及び委託先を確認し、復旧の容易さと適法な情報管理を両立させます。

事業再開も独立の判断として扱います。便が再開した、港が開いた、又は周辺企業が操業を始めたという事情だけで、自社の人員、設備、保険、許可、部品及び決済の条件がすべて回復したとは限りません。段階的な再開範囲と、その条件を満たしたことの確認責任を定めます。買収又は新規投資を並行する場合には、こうした中断・再開条件、現地キーパーソンへの依存、追加費用及び保険対象外損失を、価格、資金留保、取引実行条件及び買収後の計画へ織り込むことが重要です。危機管理と投資判断を別の資料で論じないことが、地域事業を守る前提となります。

第7章 停止か継続かの二択を超える――暫定合意、仲裁・保全と取締役会の説明責任

不可抗力の成否に争いがある場合でも、企業が直ちに全面的な履行又は契約破棄の二択を迫られるとは限りません。事実と責任を最終的に確定する前に、一部履行、代替輸送、納期延長、費用の仮払、無争議部分の支払及び再協議を暫定合意として定める余地があります。相手方が事業を続けられなければ、自社の債権回収も困難になります。法的な主張を維持しつつ、損失が増える部分を先に止めることは、譲歩というより、回収可能性を含めた紛争管理です。

暫定合意は、変更する事項と変更しない事項を明示する必要があります。対象期間と注文、追加費用の上限・資料、納期の再設定、保証や保険の手当、権利留保、最終精算及び見直し時期を一つの文書に整理します。元の契約の違反を認めたことになるのか、過去の請求を放棄するのか、将来の類似事象にも同じ条件を適用するのかを曖昧にしないことが重要です。単に協議を続けるという合意では、裁判・仲裁の期限や契約上の請求期間が当然に停止するとは限らないため、必要な期限の延長も別途確認します。

新たに締結する契約では、既に認識されている地域リスクと、将来の新たな障害を分けて配分します。ICCの不可抗力・ハードシップのモデルは検討の出発点となりますが、複製するだけでは、既知の航路リスク、保険の地域除外、費用増加、支払義務及び長期停止の処理は完成しません。対象とする事象、妨害の程度、代替履行、価格調整、通知及び終了の効果を具体化し、再交渉が不調となった場合に、誰がどの手続で契約を調整又は終了できるのかを定める必要があります。⁠[6]

紛争解決条項でも、ドバイ又はバーレーンという地名だけを見て結論を出さないことが重要です。ドバイ国際仲裁センター(DIAC)の仲裁規則2022の20.1条は、合意された法的な仲裁地を出発点とします。仲裁地の指定がなく場所・会場だけを合意した場合には、別段の合意がない限り、その場所・会場を仲裁地とみなす規律があります。そのいずれにも合意がない場合にDIFCが初期仲裁地となり、仲裁廷が最終的に決定します。審問を別の場所又はオンラインで行うことと仲裁地の変更も別です。DIACの選択だけで実体準拠法までDIFC法になるわけではなく、30条は実体準拠法を別途扱います。基本契約、発注書、保証及び変更合意の紛争条項を整合させる必要があります。⁠[20]

緊急時には、最終的な金銭賠償だけでは権利を守れない場合があります。Bahrain Chamber for Dispute Resolution(BCDR)の仲裁規則2022は、14条に仲裁廷選任前の緊急措置を、26条に仲裁廷の暫定措置を置き、14条の申立ては仲裁申立書の提出と同時又はその後に行う構造です。14.12条及び26.5条は裁判所への暫定措置の申立てを仲裁合意の放棄と扱わないことを定めています。DIAC規則附属書IIにも緊急・暫定的措置があり、同附属書2.15条は緊急仲裁人に関する書面での適用除外合意を認めます。制度があることと個別に利用できることを分け、採用規則、申立時期及び除外合意を確認します。緊急仲裁人の判断が銀行等の第三者へ当然に及ぶわけではなく、対象資産、相手方及び期限に即して現地裁判所の保全と比較する必要があります。⁠[20]⁠[21]

権利を実現するためには、早期の証拠管理が不可欠です。事象の発生、通知、支障の内容、代替案、費用及び経営判断を一つの時系列へまとめ、契約担当、物流、保険、財務、人事及び現地拠点が異なる事実説明をしないようにします。弁護士への相談、社内評価及び対外通知の作成・共有も、各法域の秘匿性と開示手続を踏まえて管理します。交渉上の表題や一般的な秘密表示だけで、あらゆる国の手続において資料が開示されなくなるとは考えるべきではありません。

取締役会への最終的な説明も、情勢が不安定であるという一般論で終えるべきではありません。保護すべき人員、継続する業務、停止する義務、回収可能な債権、合意した追加負担、保険で埋まらない損失及び撤退時の残存義務を、複数の選択肢として比較します。どの事実が変われば判断を変更するかを定め、期限と責任者を付して再評価します。中東情勢をめぐる事業継続法務の目的は、あらゆる危険を契約書で消すことではありません。安全を確保しながら履行できる権利を残し、履行できない部分について損失の増大を抑え、再開又は退出を会社自身が選べる状態を維持することにあります。

FAQ――中東情勢と契約・事業継続について

Q1 中東で戦闘や航行障害が起きれば、すべての契約について不可抗力になりますか。

なりません。適用法、契約条項、具体的に妨げられた義務、因果関係、代替履行及び通知要件を確認します。同じ事象でも、輸送の停止、費用増加及び既納分の代金支払は異なる評価となり得ます。地域全体への一般的な通知だけで、個々の契約について免責を立証したことにはなりません。⁠[2]⁠[4]⁠[5]

Q2 ドバイの企業との契約には、必ずDIFC法が適用されますか。

そうではありません。住所、使用言語又はフリーゾーンという名称だけでは決まりません。実体準拠法、管轄・仲裁合意、仲裁地及び強行的に適用される現地の規律を分けます。UAEの一般民事法については、2026年6月施行の新法と旧法の適用関係にも注意が必要です。⁠[2]⁠[5]⁠[20]

Q3 運賃や保険料が大幅に上がった場合、代金を一方的に値上げできますか。

当然にはできません。価格調整条項、追加費用条項及び適用法を確認します。バーレーン民法130条には所定の異常な事情による過重負担を裁判官が調整する制度がありますが、通常の採算悪化と同じではなく、一方的な値上げを一般に認める規定でもありません。⁠[4]⁠[7]⁠[8]

Q4 事務所や店舗を一時閉鎖した場合、賃料の支払を止められますか。

閉鎖だけで結論は出せません。DIFCのCA 006/2026は、賃料支払に関する不可抗力の抗弁を排除した判断への控訴であり、賃貸借の全争点を終局判断したものではありません。単純な支払義務と別の行為・役務に結び付く支払を区別し、物件の状態、別条項及び他の救済を確認します。期限前の猶予・減額交渉が重要です。⁠[5]

Q5 船社が戦争危険を理由に輸送を断れば、売主も買主に対して免責されますか。

自動的には免責されません。船社の権利の根拠となる輸送・傭船契約と、売主の納入義務を定める売買契約は別です。採用した戦争危険条項、インコタームズ、代替船社・港及び追加費用の配分を照合します。⁠[7]⁠[8]⁠[10]

Q6 オールリスクの貨物保険と戦争保険があれば、遅延損害も補償されますか。

一律には補償されません。両約款の2009年版には遅延免責がありますが、それぞれ2条の所定の共同海損・救助料等に関する留保もあります。この留保は、逸失利益、遅延損害金又は事業中断を一般に補償するものではありません。物理損害と費用の性質を区別し、個別証券と特約を確認します。⁠[11]⁠[12]

Q7 別の港へ荷卸しした場合、戦争危険の担保はそのまま継続しますか。

当然には継続しません。2009年戦争約款には荷卸し又は船舶到着日の終了時から15日の経過を基準とする終期と、積替え等の特則があります。仕向地変更にも通知・条件の要件があるため、倉庫保管、陸送及び再船積みまで同じ担保が続くと考えず、移動指示前に保険者へ確認します。⁠[12]

Q8 取引銀行が送金を扱えないと言えば、支払義務も消滅しますか。

それだけでは消滅しません。法的禁止、銀行固有の判断、決済網の停止及び資金不足を区別します。ICCの2026年文書も、銀行自身の業務中断と顧客側の商取引上の支障を分けています。契約通貨、代替銀行、書類及び期限について適法な変更を協議する必要があります。⁠[15]⁠[16]

Q9 米ドルの代わりに同額のユーロを払えば、相手方は受領しなければなりませんか。

当然にはいえません。RTI v MUR Shipping判決は、当該米ドル支払自体の禁止ではなく、制裁に伴う銀行処理の遅延のおそれを背景とした事案です。明確な文言なしに、合理的努力義務から契約外の履行の受領義務は導かれないとされました。適用法と代替履行条項を確認し、通貨・換算・債務消滅を明示的に合意します。⁠[16]

Q10 従業員を退避させるには、先に不可抗力の成立を確定する必要がありますか。

ありません。必要な安全確保を契約分析の完了まで待たせるべきではありません。他方、退避の根拠と代替履行の検討を記録し、契約上の責任は別途評価します。日本法が適用される労働契約の安全配慮義務、現地の労働・就労規制及び個々の契約も確認します。⁠[17]⁠[18]⁠[19]

Q11 仲裁条項があると、裁判所へ緊急の保全を申し立てることはできませんか。

一律には妨げられません。BCDR規則14.12・26.5条やDIAC規則附属書IIの1.13条は、裁判所への暫定措置の申立てを仲裁合意と両立するものとして扱います。緊急仲裁人の利用条件・除外合意、裁判所の権限、第三者への効力及び執行可能性は別途確認し、必要な救済を選択します。⁠[20]⁠[21]

Q12 経営陣は、最初に何を決めるべきでしょうか。

まず人員の安全と意思決定権限を確保し、止まった業務と残る支払・通知期限を特定します。そのうえで、契約ごとの救済、代替手段、追加費用、保険及び回収を一つの計画へ接続します。危機の終期を予測するだけでなく、どの事実を条件に停止・再開・縮小を選ぶかを定めることが重要です。

代表弁護士 道下剣志郎「Legal Update」について

SAKURA法律事務所は、代表弁護士 道下剣志郎(Kenshiro Michishita)によるLegal Updateを通じ、企業法務、国際取引、M&A、金融規制、国際紛争及び企業危機管理に関する法律情報を発信しています。法令の紹介にとどまらず、企業の意思決定、契約上の権利・責任及び実際の紛争対応へつながる分析を重視しています。

本稿第50回は、既刊の経済制裁・輸出管理、国際仲裁及びガイアナの資源事業に関する分析とは異なり、中東の情勢変化により企業の履行・決済・人員配置が分断される場面を扱うものです。ドバイ・バーレーンとの取引について、安全判断と免責判断、船社の権利と荷主の義務、保険の担保と契約責任を分けたうえで、事業継続へ結び付けることを主眼としています。

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SAKURA法律事務所に相談できる事項

SAKURA法律事務所では、中東関連の海外進出・国際取引について、契約及び取引構造の整理、不可抗力・履行困難に関する通知と交渉、売買・工事・保守・委託契約の変更、支払・保証・代金回収、保険請求に関連する契約上の権利保全、危機時の意思決定及び国際紛争対応に関するご相談を受け付けています。日本側の契約・ガバナンスと、現地で必要となる確認・対応を相互に整合させることが重要です。

UAE一般法、DIFC法、バーレーン法、現地の裁判・仲裁・執行、労働・出入国、海事・保険及び個別規制の正式な解釈・適用については、当該法域で適切な資格・権限を有する弁護士その他の専門家による確認が必要です。対象会社、取引、資産及び人員の所在に即して、必要な現地確認と各担当者の責任範囲を明確にしたうえで対応を進めます。

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中東関連の国際取引、契約の履行・停止、事業継続、代金回収又は国際紛争に関するご相談は、SAKURA法律事務所までお問い合わせください。

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主な参考資料

本文・FAQの参照番号及び資料名には、対応する原資料へのハイパーリンクを設定しています。確認日は2026年10月27日です。法令、裁判例、公式ガイド、モデル条項、仲裁規則及び保険者の通知を区別し、資料の性質・版・参照箇所を以下に記載します。日付のない更新型ページに、未確認の公表日を付していません。

1. 国際海事機関(IMO), Middle East — Strait of Hormuz

中東・ホルムズ海峡に関する公式情報集約ページ。船舶・船員の安全、確認された事案及び海上安全情報への案内。随時更新資料であり、特定日時の航行可能性を保証するものではない。

2. Dubai Department of Economy and Tourism / Dubai Chambers / Baker McKenzie, UAE: Force Majeure: A Practical FAQ for Businesses

DET掲載の公式ガイド本文(PDF、本文に発行日記載なし)。3–4頁の新旧法・新法236条、6頁の要件、10–11頁の履行困難等。法律そのものではない。5頁図の新法欄にも施行前とする時期表示があるため、本稿は3–4頁の説明・引用と公式法令情報を用いる。DIFCについては資料5の裁判所の判断を優先して参照。

3. UAE Legislation, Federal Decree by Law No. (25) of 2025 Promulgating the Civil Transactions Law

公式法令掲載先。2025年10月1日発布、2026年6月1日施行。新法236条等。今回、法令全文の直接取得にはアクセス制限があり、公式検索公開情報及び資料2の引用・解説で補照。英文は参照情報であり、個別適用では正式法文と経過規定を確認する。

4. WIPO Lex掲載・バーレーン民法(2001年政令法第19号、2017年法律第27号までの改正反映版)

WIPO Lex No. BH083。アラビア語本文及び英訳の130条(異常な一般的事情による過重負担の裁判上の調整)・145条(帰責性のない不能・一部不能)を照合。法制・法律意見庁の公開検索情報で補照。2017年改正反映版であり、2026年までの全改正履歴を網羅した資料という意味ではない。

5. DIFC Courts, CA 006/2026, (1) The Collection Club Restaurant Limited (2) Laurent Buisine (3) Hugo Valat v Mag Development Services Limited

控訴裁判所、Wayne Martin首席判事、Robert French判事、Sir Peter Gross判事。2026年4月14日命令・4月24日理由。抗弁排除等への控訴。19–25項、37–50項及び56–60項。2024年洪水に関係する賃貸借事件であり、戦争事案又は全請求の終局判断ではない。

6. 国際商業会議所(ICC), ICC Force Majeure and Hardship Clauses

2020年3月24日公表のモデル条項の公式案内。不可抗力とハードシップ、長文・短文のモデル及び契約への組込みに関する資料。強行法規や当然に適用される法律ではない。

7. BIMCO, War Risks Clause for Time Chartering 2025(CONWARTIME 2025)

2025年版モデル条項の本文。(b)項は契約時既存の戦争危険も対象、(d)項は実費から割引等を控除した保険費用と資料受領から15日以内の償還。作成団体の解説を含む。契約への取込み・修正を要確認。

8. BIMCO, War Risks Clause for Voyage Charter Parties 2025(VOYWAR 2025)

2025年版モデル条項。(b)・(c)項の条件付き72時間の安全港指定、(c)・(d)項の増減両方向の運賃調整等。法定の取消権・運賃ではなく、実際の採用条件に基づく。

9. BIMCO, Remember the BIMCO War Risks Clauses

2026年3月3日。中東情勢を受けた戦争危険条項の適用・契約確認に関する作成団体の案内。モデル条項が全契約に当然適用されるとの根拠ではない。

10. ICC, Incoterms® 2020

売主・買主間の輸送、引渡し、危険・費用等の配分に関する公式案内。採用規則、版及び指定地点を契約上確定することが前提。

11. Institute Cargo Clauses(A), 1/1/09(三井住友海上掲載)

2009年1月1日版の標準約款本文。1条の担保、4.5条の遅延免責と2条に基づく費用の留保、6条の戦争危険等。保険者公開資料であり、個別の証券・特約の確認を代替しない。

12. Institute War Clauses(Cargo), 1/1/09(三井住友海上掲載)

2009年1月1日版の戦争約款本文。3.5条の遅延免責と2条費用の留保、5.1–5.3条の保険期間・積替え等、6条の仕向地変更。15日間の起算と、荷卸しによる先行終了等を区別。

13. Gard, 01/2026 Notice of cancellation for war risks

2026年3月1日付。所定商品の戦争危険の取消しと、3月5日午前0時(GMT)からの地域除外付き復活。相互P&IのExcess War Risks coverには非適用。通知時点の措置として参照し、現在の個別補償の保証とはしない。

14. Gard, 08/2026 Notice of cancellation for war risks

2026年8月12日付。所定商品の既存の紅海除外区域を拡張し、8月16日午前0時1分(GMT)から適用。相互P&IのExcess War Risks coverには非適用。対象商品・海域・後続通知を個別確認。

15. ICC Banking Commission, Application of ICC trade finance rules in the context of the Middle East conflict

2026年4月8日付文書、4月20日公表。UCP 600、URDG 758、URC 522、ISP98に関する混乱時の取扱い。銀行自身の業務中断、書類送付、電子化等。規則を改訂する文書ではない。

16. UK Supreme Court, RTI Ltd v MUR Shipping BV [2024] UKSC 18

2024年5月15日判決、事件番号UKSC/2022/0172。Hodge、Lloyd-Jones、Hamblen、Burrows、Richards各判事。9項の米ドル支払の適法性と遅延懸念、26項及び100–103項の合理的努力・契約外履行。イングランド法の判断として参照。

17. 厚生労働省「労働契約法のあらまし」第1章 総則

令和6年改訂版、8頁。労働契約法5条の安全配慮義務、心身の健康及び具体的状況に応じた必要な配慮。海外の全雇用へ日本法が当然適用されるとの根拠ではない。

18. 外務省 海外安全ホームページ「アラブ首長国連邦」

危険・スポット・広域情報、現地公館の案内等の更新ページ。渡航・退避の実施時には、その時点の最新情報を確認する。

19. 外務省 海外安全ホームページ「バーレーン」

危険・スポット・広域情報、現地公館の案内等の更新ページ。安全上の判断資料と、契約上の免責の判断は別である。

20. Dubai International Arbitration Centre, DIAC Arbitration Rules 2022

2022年版規則。20.1–20.2条の仲裁地・場所、30条の実体準拠法、附属書IIの1.13条(裁判所への保全)及び2.15条(緊急仲裁人の適用除外合意)等。仲裁地・審問場所・準拠法を区別。

21. Bahrain Chamber for Dispute Resolution, 2022 Rules of Arbitration

2022年版の合意仲裁規則。14条の仲裁申立書提出と同時又はその後・仲裁廷選任前の緊急措置、26条の暫定措置、14.12・26.5条の裁判所への申立て。BCDRの法定裁判管轄とは区別。

22. SAKURA法律事務所 公式サイト

事務所の案内及びお問い合わせ。

23. SAKURA法律事務所 代表弁護士 道下剣志郎 プロフィール

著者の案内。Kenshiro Michishita, Managing Attorney, SAKURA Law Office。

免責事項

本稿は、2026年10月27日を分析基準日として確認した公開資料に基づく一般的な法律情報であり、特定の契約、支払、保険、雇用、渡航、航路又は投資に関する法律意見、安全性の保証若しくは取引推奨を構成しません。各法域の法令、経過規定、強行法規、個別契約、仲裁合意及び保険証券・特約の適用は、当事者、契約締結時期、事象、履行内容及び手続によって異なります。

UAE新民事取引法は、公式法令情報とDET掲載ガイドにより確認できた範囲を説明しており、法令全文の直接取得は完了していません。バーレーン民法は、WIPO Lex掲載の2017年改正反映版のアラビア語本文・英訳の該当条項を照合し、法制・法律意見庁の公開情報で補照していますが、その後の全改正履歴を網羅的に検証したものではありません。個別契約への時間的・実体的な適用は、現地の正式法文に即した確認を要します。DIFCについては引用裁判例の判断と同判決中の条文を、英国判例については当該法域の判断として参照しています。各事件の後続手続や全請求の確定状況を認定するものではありません。

ICC・BIMCOのモデル条項や規則は、合意による採用及び適用法との関係を確認する必要があり、保険者の通知は対象商品・地域・時期に限定されます。本稿の保険約款の説明は、読者の個別契約の担保を確認したものではありません。安全情報、航路、銀行の取扱い、保険条件及び外部サイトは変動するため、実施時には最新の原資料、現地専門家、関係当局、銀行及び保険者の確認を踏まえて判断する必要があります。

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