SAKURA法律事務所 代表弁護士 道下剣志郎 Legal Update
2026年9月24日(2026年10月5日全面改訂)
SAKURA法律事務所 代表弁護士 道下 剣志郎
SAKURA法律事務所は、代表弁護士 道下剣志郎によるLegal Update第16回「M&Aの表明保証違反が発覚した場合の法的対応――クレーム初動、補償・損害算定、Knowledge・Disclosure、W&I保険及び紛争解決【2026年版】」を全面改訂しました。本稿は、第13回の外国企業による日本企業買収、第14回の法務デューデリジェンス、第15回の株式譲渡契約(SPA)に続き、契約締結又はクロージング後に表明保証違反が現実のクレームへ転化した場面を扱うものです。
M&Aの表明保証紛争で最も危険なのは、問題となる事実を発見した時点で「表明保証違反がある」と結論を急ぐことです。実際の請求は、どの表明保証が、どの基準時点において、どの事実によって不正確であったのかを特定した上で、有効なDisclosureの有無、Knowledge Qualifier、買主の認識、補償条項、De Minimis・Basket・Cap、請求期間、Notice、特別補償、W&I保険、Exclusive Remedy、準拠法及び紛争解決条項を一本の契約構造として読み解かなければ成立しません。
2025年12月15日時点版として公表されている中小企業庁の株式譲渡契約書サンプルは、補償上限、少額請求の切捨て、請求期間に加え、買主の認識によって売主の免責を認めるアンチ・サンドバッギングと、買主の認識にかかわらず売主を免責しないプロ・サンドバッギングの双方を解説しています。これは、表明保証違反の帰結を一般論ではなく、当事者がSPAでどのように配分したかが決定的であることを改めて示しています。
本稿は、2026年10月5日時点の民法、中小企業庁の中小M&Aガイドライン及び最新の契約書サンプル、東京地方裁判所平成18年1月17日判決(平成16年(ワ)第8241号)その他の公表資料を踏まえ、買主・売主、General Counsel、PEファンド、事業会社、海外本社及び外部アドバイザーが、表明保証違反の初動から交渉、W&I保険、訴訟・仲裁までを一貫したクレーム戦略として設計するための実務を整理します。
本稿の要旨
表明保証違反クレームは、「不正確な表明があった」という一点だけでは完結しません。請求側は、対象条項と基準時点を特定し、その時点で表明保証と矛盾する事実が存在したことを示した上で、Disclosureや買主Knowledgeによる制約がなく、契約上の補償要件を満たし、Notice及びClaim Periodを遵守し、かつ当該違反から契約上補償されるLossが生じたことを示す必要があります。売主側は、この連鎖のどこに争点があるのかを分解して検討する必要があります。
日本法準拠のSPAに補償条項がある場合、まず当該条項の文言、責任制限及び他の救済との関係が分析の中心となります。民法415条・416条による債務不履行損害賠償の一般原則は重要ですが、M&A契約ではLossの定義、因果関係、間接損害除外、Mitigation、Double Recovery、Basket、Cap、特別補償及びExclusive Remedyによってリスク配分が独自に設計されているため、一般法だけから結論を導くことはできません。
Knowledge、Disclosure及びSandbaggingは、とりわけ慎重な分析を要します。東京地裁平成18年1月17日判決は、買主が表明保証違反を知らなかったことが重大な過失に基づく場合には悪意と同視して売主を免責する余地があるとしつつ、デューデリジェンスは買主の権利であって義務ではないと述べ、売主側の故意の秘匿等を踏まえて当該事案では買主の重過失を否定しました。この判示を、買主Knowledgeが常に請求を遮断するとの一般ルールとして扱うことも、逆にSPAに表明保証があれば常に請求できると扱うことも適切ではありません。
損害算定は、簿外債務額や是正費用をそのまま請求額へ置き換える作業ではありません。株式価値の減少、価格形成との関係、対象会社が負担した追加債務・是正費用、第三者請求、専門家費用、税効果、保険金その他の回収、買主自身の買収後行為を整理し、SPA上のLossと因果関係へ接続する必要があります。大規模案件では、法律論と会計・バリュエーション分析を同じ時系列と前提条件の上に置くことが不可欠です。
初動では、相手方への強い通知より先に、権利と証拠を失わないことを優先します。SPA上の最短期限、W&I保険の通知期限、第三者請求手続を直ちに確認し、VDR、Disclosure Letter、DD Q&A、契約ドラフト履歴、会計・税務資料、メール・チャット、取締役会資料等を保全します。調査中で損害額が未確定でも、契約文言に応じて保全的Noticeを検討し、損害拡大防止と証拠保全を並行させることが、後の交渉・訴訟・仲裁の強度を左右します。
1 表明保証違反クレームは「違反の発見」ではなく、SPA上のリスク配分の再構成から始まる
表明保証は、一定の時点における事実又は状態について当事者が契約上引き受けるリスク配分の仕組みです。したがって、クロージング後に問題が顕在化しても、その事実が直ちに表明保証違反になるわけではありません。最初に行うべきことは、問題となる条項を特定し、Signing、Closingその他の基準時点において何が保証されていたか、Materiality、Knowledge Qualifier、例外、Disclosure Scheduleその他の限定がどこまで作用していたかを、契約文言に即して固定することです。
例えば、クロージング後に税務調査が開始されたという事実だけでは、税務表明保証の違反を意味しません。保証基準時点に未払税額又は誤った申告が存在していたのか、対象となる税目・期間が保証範囲に含まれていたのか、既に開示された争点であったのかを確認する必要があります。同様に、主要顧客が買収後に契約を終了した場合でも、保証基準時点に解除通知、重大な契約違反、更新拒絶の具体的兆候等が存在しなければ、当該顧客契約に関する表明保証の違反とは直結しません。
SigningとClosingが分離している案件では、表明保証のBring-downも重要です。Signing時に正確であった表明がClosing時には不正確となる場合、Closing Conditionの不充足、Waiver、価格又は条件の再交渉、是正、Termination等の問題となり、Closing後の補償請求とは法的・商業的な選択肢が異なります。軽微な不正確性があれば当然にClosingを拒絶できるわけではなく、Bring-downのMateriality Standard、MAC条項、契約解除条項及び取引全体の救済構造を読む必要があります。
DDで既に特定されたリスクについてSpecific Indemnityが設けられている場合、一般的な表明保証よりも先に当該条項を確認すべきです。既知の税務、訴訟、労務、知財、許認可その他のリスクは、Basketや一般Capの外に置かれ、独自の期間や損害算定方法が定められていることがあります。表明保証条項だけを切り出して読むと、当事者が契約で設計したリスク配分の中心を見失うことになります。
このため、実務では、表明保証、補償、責任制限、Notice、Claim Period、Disclosure、Specific Indemnity、Exclusive Remedy、W&I保険、Escrow・Holdback、準拠法及び紛争解決を一枚のクレーム・マトリクスに落とし込みます。何を請求できるかは「表明保証の強さ」ではなく、SPA全体がどのように機能するよう設計されているかによって決まります。
2 違反発覚後の初動――請求権、証拠、保険及び損害拡大を同時に管理する
表明保証違反の可能性を把握した直後は、相手方に責任を認めさせることより、請求権と証拠を失わないことが優先します。まず、誰が、いつ、どの資料又は事象から問題を認識したのかを記録し、SPA上の最短のNotice期限、Claim Period、第三者請求手続及びW&I保険の通知条件を確認します。契約上の通知期間と法定の消滅時効は別の問題であり、最も早く到来する期限を基準に行動する必要があります。
次に、後から再構築できない資料を確保します。SPA、Disclosure Letter、Disclosure Schedule、VDRのインデックス及び保存版、DD Q&A、DD報告書、LOI、価格交渉資料、契約ドラフト及びコメント履歴、Closing Bible、取締役会資料、会計データ、税務資料、メール、Slack・Teams等のチャット、対象会社の内部報告を保全します。オンラインVDRがClosing後に閉鎖される案件では、適法かつ契約上許容される範囲でアーカイブを取得しておくことが、紛争時の事実認定に大きな差を生みます。
ヒアリングは早ければよいというものではありません。重要人物へ非公式に質問を重ねると、記憶が相互に影響し、後日の供述の信用性が争われ、証拠が散逸することがあります。事実関係、メール・会計データ等の客観資料、Knowledge Group、Disclosure作成過程を先に整理し、その後に誰をどの順番で聴取するかを設計する方が、社内調査と紛争対応の双方に耐えます。クロスボーダー案件では、各法域の弁護士と文書管理・秘密保持・証拠開示の取扱いをあらかじめ調整すべきです。
同時に、損害の拡大を止めなければなりません。税務・労務・許認可・個人情報・サイバー・知財等の問題は、売主への請求準備とは別に、対象会社自身が是正、当局対応、顧客対応等を行う必要があります。Mitigation条項の有無にかかわらず、合理的な是正を行わず損害を拡大させれば、因果関係や損害額を巡る売主側の反論を強めることになります。第三者請求が生じている場合には、防御の主導権、弁護士選任、和解同意、情報共有等を定めるThird-Party Claim条項を先に確認する必要があります。
売主側も、Noticeを受領した時点で直ちに責任を認めるべきではありません。通知の有効性、請求期間、問題となる表明保証の文言、Disclosure、買主Knowledge、損害との因果関係、買収後の経営判断、Mitigation、Basket・Cap及び保険回収を項目ごとに分解し、Closing時点の証拠を確保します。初動の目的は立場を固定することではなく、後の交渉又は正式手続に耐える事実記録を作ることです。
3 Knowledge、Disclosure及びSandbagging――日本法では契約文言と事実関係を切り離せない
表明保証が「売主の知る限り」「対象会社が認識する限り」等のKnowledge Qualifierで限定されている場合、誰の知識を契約当事者へ帰属させるかが争点となります。創業者、代表取締役、CFO、法務・人事・事業責任者等のうち誰をKnowledge Groupとするか、Actual Knowledgeだけか、合理的な調査を行えば知り得たConstructive Knowledgeまで含むかによって、違反の成否は変わり得ます。Knowledgeの立証では、会議資料、内部報告、相談メール、取締役会・経営会議資料等の同時代資料が重要です。
Disclosureも、データルームに資料が存在したかという形式だけでは決まりません。SPAが個別Disclosure Letterによる例外のみを認めるのか、VDR全体をDeemed Disclosureとするのか、あるいは「公正かつ十分に」問題の性質及び範囲が理解できる形での開示を要求するのかを確認します。開示基準が厳格であれば、数千ページの資料のどこかに関連情報が存在したというだけでは足りない可能性があります。他方、広いDeemed Disclosureが合意されていれば、買主側の請求余地は相応に狭まります。
東京地裁平成18年1月17日判決は、この領域で現在も重要な一次資料です。同判決は、買主が表明保証違反を知らなかったことが重大な過失に基づく場合には、公平の見地から悪意と同視し、売主を表明保証責任から免れさせる余地があるとしました。しかし同時に、企業買収におけるDDは買主の権利であって義務ではないとの前提を示し、売主側が問題の会計処理を故意に秘匿していた等の事情を重視して、当該買主の重過失を否定しました。また、生データ等が交付されていたことだけで問題事実を開示したとはいえないと判断しています。
この判決から、買主Knowledgeに関する一律の法則を導くべきではありません。むしろ実務上重要なのは、当事者がSPAにどのルールを置いたかです。中小企業庁の2025年12月15日時点版の株式譲渡契約書サンプルは、買主の認識によって売主を免責するアンチ・サンドバッギングと、買主が違反を知り又は知り得た場合でも売主の責任に影響を与えないプロ・サンドバッギングの双方を明示的に解説しています。
買主側では、DDで把握したリスクを価格へ織り込むのか、表明保証の例外とするのか、Specific Indemnityで処理するのか、プロ・サンドバッギングにより請求可能性を残すのかをSigning前に整理する必要があります。売主側では、開示済み事項が自動的に免責されると思い込まず、Disclosureの効果、アンチ・サンドバッギング及び補償条項を契約に反映させる必要があります。クロスボーダー案件では、Sandbaggingの扱いが準拠法によって異なるため、日本法の議論を外国法準拠SPAへそのまま持ち込むことも避けるべきです。
4 補償と損害算定――契約上のLoss、因果関係及び取引価格への影響を一つのモデルで説明する
日本法準拠のSPAでは、表明保証違反又は契約義務違反に起因・関連して生じた損害、損失又は費用を補償する条項が置かれることが一般的です。補償条項がある場合には、その要件、Lossの定義、責任制限、他の救済との関係を出発点とします。民法415条は債務不履行による損害賠償、416条は損害賠償の範囲を定めていますが、M&A契約では当事者が補償範囲を契約で具体化しているため、「表明保証違反だから民法上当然に同額を請求できる」と整理することは適切ではありません。
損害算定で最初に確認すべきはSPAのLossの定義です。合理的な弁護士・会計士費用、調査費、第三者への支払、是正費用を含む契約もあれば、逸失利益、間接損害、結果損害、懲罰的損害等を除外する契約もあります。特定のLossが文言上含まれていても、当該表明保証違反との因果関係、合理性、必要性、Mitigation、保険金・税効果その他の回収によるDouble Recoveryを検討しなければなりません。
買主が「表明保証が正しければもっと低い価格で買った」と主張する場合、株式価値の減少又は支払価格の過大部分が中心となります。ただし、対象会社に1億円の簿外債務が発見されたからといって、買主の回収可能額が当然に1億円となるわけではありません。価格算定がEnterprise ValueからDebt-like Itemsを控除する設計であったのか、EBITDA倍率に影響する問題か、税効果があるか、買主がリスクを価格へ既に反映していたか等により、経済的影響は変わります。
東京地裁平成18年1月17日判決では、対象会社の会計処理によって株式譲渡価格が水増しされたと評価し、その水増し額に加えて、当該処理を是正するシステム修正費用、一定の専門家費用及び合理的な弁護士費用を、具体的契約及び事実関係の下で表明保証責任の対象として認めました。これは、是正費用や専門家費用が常に回収できるという一般ルールではなく、契約文言、損害との関連性及び合理性の立証が重要であることを示す事例として読むべきです。
また、対象会社の業績悪化が表明保証違反によるものか、市況、競争、金利、主要顧客の別要因、買収後の経営判断等によるものかは、しばしば最大の争点となります。大規模請求では、法務チームと会計・バリュエーション専門家が別々のストーリーを作るのではなく、違反事実、価格形成、買収後の業績、是正措置及び反事実シナリオを同じデータセットで分析する必要があります。
De Minimis、Basket及びCapは最後に差し引く数値ではなく、請求戦略そのものを左右します。個別請求の下限、Aggregate BasketのDeductible型・Tipping型、一般表明保証とFundamental Warranty、税務、Specific Indemnity、詐欺・故意のCarve-outとの階層関係を確認しなければ、法的に成立する複数の小口請求を集約しても補償義務が発生しない、又は一般Capを超える部分を誤って請求することがあります。
5 Notice、Claim Period、W&I保険及び回収可能性――実体法上の強い請求を手続で失わない
表明保証違反のクレームでは、請求期間と通知要件が実体的争点と同程度に重要です。SPAは、Closingから一定期間内に書面で請求した場合に限って補償責任が生じる旨を定めたり、通知に違反条項、原因事実、損害額又は合理的見積りを記載するよう要求したりします。民法上の消滅時効が完成していないことと、契約上の補償請求期間を遵守していることは同義ではありません。契約上の期間の法的効果は文言及び準拠法に依存するため、最短期限に安全側で対応する必要があります。
調査が完了していないことは、通知を遅らせる理由にはなりません。SPAが許容する範囲で、現時点で判明している事実、違反が疑われる条項、暫定的な損害又は算定不能の理由を示した保全的Noticeを検討し、後続の情報で補充する方が安全な場合があります。他方、抽象的な「一切の権利を留保する」との通知だけで契約上のNotice要件を満たすとは限らないため、文言を精査する必要があります。
W&I保険が付されている案件では、SPAクレームと保険クレームを別々のトラックで管理します。保険会社への通知期限、Known Matters、DD不足領域、Forward-Looking Matters、特定税務、Cyber、制裁その他の除外、Retention、De Minimis、損害定義、証拠提出及び保険会社の調査協力権は、SPAと一致するとは限りません。中小企業庁のガイドラインも、表明保証保険が交渉を円滑化し得る一方、一般にDDレポート等を用いた引受審査を伴うことを説明しています。
買主用W&Iでは売主の責任を限定しつつ保険会社を主要な回収先とする設計もありますが、Fraud、既知事項、特別補償、Retention以下の損害等が売主側に残ることがあります。保険金支払後のSubrogation、売主へのRecourse及びDouble Recoveryも確認が必要です。保険があるから売主との関係を考えなくてよいのではなく、SPAとPolicyを一体として読みます。
さらに、請求権の存在と回収可能性は別問題です。売主がPEファンドのSPVでClosing後に売却代金を分配する予定であれば、Escrow、Holdback、Guarantee、Fund-level covenantその他の信用補完がなければ、最終判断を得ても回収が困難になることがあります。クレーム発覚後は、契約上の責任だけでなく、Escrow残高、保証関係、売主の資力、保険及び将来の資産流出も踏まえて回収戦略を設計する必要があります。
6 解除・詐欺、交渉、訴訟・仲裁――「取引を戻す」より先に救済構造と執行可能性を確認する
クロージング後に重大な表明保証違反が判明しても、M&A全体を当然に解除して元に戻せるわけではありません。SPAが補償をExclusive Remedyとし、解除権をSigningからClosingまでに限定していることもあります。また、Closing後には株主、取締役、従業員、金融機関、取引先との関係が変化し、株式・対価の単純な原状回復が実務上極めて複雑になります。民法541条以下の解除を検討する場合でも、SPAの救済条項、契約目的、違反の重大性、催告の要否及び原状回復の実現可能性を総合的に検討する必要があります。
売主又は対象会社経営陣による意図的な虚偽説明・秘匿が疑われる場合には、通常の補償請求に加えて、SPA上のFraud Carve-out、民法96条の詐欺による取消し、不法行為その他の構成が問題となり得ます。しかし、Fraudの主張はCapやExclusive Remedyを超えるための便利なラベルではありません。誰が、どの事実を、どの認識と意図で、誰に対して表示又は秘匿し、意思決定へどのように影響したかを具体的な証拠で示す必要があります。
多くのクレームは正式な訴訟・仲裁に至る前に交渉されますが、交渉段階こそ証拠と損害モデルの質が問われます。買主側は初期の概算を確定損害として不用意に表現せず、売主側も事実調査前に責任を全面否定しないことが重要です。Without Prejudiceに相当する取扱いが日本法上当然に与えられるとは限らないため、クロスボーダー案件では交渉文書の法的取扱いを関係法域の弁護士と確認します。
訴訟か仲裁かは、SPAの紛争解決条項で決まります。日本裁判所の専属管轄条項があれば民事訴訟の管轄、証拠提出、保全、執行を前提に準備し、仲裁条項があれば仲裁機関、仲裁地、言語、仲裁人の人数、緊急・暫定措置、機密性及び仲裁判断の執行可能性を確認します。国際案件では、法の適用に関する通則法上の準拠法、民事訴訟法上の国際裁判管轄又は仲裁合意、相手方資産の所在を初期段階から一体として確認すべきです。
表明保証紛争は、契約解釈だけでなく、会計、税務、バリュエーション、業法、IT・サイバー、知財等が交差します。訴訟・仲裁を見据える場合、外部専門家は「損害額を大きくするため」に起用するのではなく、事実と反事実を再現可能な方法で説明するために選定します。専門家の前提条件、データソース及び感応度分析が法的主張と整合していることが、主張の信頼性を左右します。
7 表明保証紛争を次のM&Aの設計へ戻す――クレーム管理は契約・DD・ガバナンスの品質管理である
表明保証違反の紛争は、Signing後に突然発生するものではありません。多くの場合、DDで見つけたリスクを価格、Disclosure、Specific Indemnity又はClosing Conditionのいずれへ反映するかが曖昧だった、VDRとDisclosure Letterの役割が整理されていなかった、Knowledge Groupが定義されていなかった、Notice・Claim PeriodやW&I保険の手続が社内で引き継がれていなかった、といった取引設計上の断絶がClosing後に顕在化します。
買主側では、Closing時点でクレーム・マトリクス、VDRアーカイブ、Disclosureの確定版、DD Q&A、価格算定前提、Specific Indemnity、W&I Policy及び全期限を一つのClosing記録として残すことが有効です。売主側でも、Disclosure作成過程、Knowledge確認、買主へ提供した資料、交渉経緯及び責任制限の意図を記録しておくことが、後の不必要な紛争を減らします。
経営陣及びGeneral Counselにとって、表明保証クレームは単なるM&A部門の事後処理ではありません。重要クレームは、取締役会報告、財務報告、監査人対応、保険、レピュテーション、PMI、売主との継続関係その他の経営課題へ波及します。クレームの法的強度、会計上の影響、事業上の是正、回収可能性及び対外説明を同じ事実基盤で管理するガバナンスが必要です。
SAKURA法律事務所及び代表弁護士 道下剣志郎は、M&Aの表明保証違反を、通知書作成だけの問題ではなく、SPA解釈、証拠保全、社内調査、損害算定、W&I保険、交渉、訴訟・国際仲裁及び将来の契約設計を一体として扱うべきクレーム・マネジメントの問題と捉えています。買主側・売主側のいずれについても、どの条項が、どの事実によって、どの時点で違反し、その結果どのLossが発生し、契約上どこまで回収又は抗弁できるのかを一つの論理として構築することが実務の核心です。
FAQ
Q1 表明保証違反が見つかれば、買主は必ず売主へ補償請求できますか。
必ずしもそうではありません。問題となる表明保証の文言と基準時点、Disclosure、Knowledge、補償条項、Notice・Claim Period、Basket・Cap、因果関係及びLossの定義を一体として確認する必要があります。違反の存在と回収可能な補償額は別の問題です。
Q2 DDのデータルームに関連資料が入っていれば、売主は表明保証責任を免れますか。
自動的には決まりません。SPAがどのDisclosure基準を採用しているかによります。個別に公正かつ十分な開示を要求する契約もあれば、VDR全体をDeemed Disclosureとする契約もあります。東京地裁平成18年1月17日判決も、当該事案で生データ等の交付だけでは問題事実の開示にならないと判断しました。
Q3 買主が表明保証違反をSigning前に知っていた場合でも請求できますか。
契約及び事実関係によります。日本法には、すべてのSPAに一律に適用される単純なSandbaggingルールがあると整理すべきではありません。東京地裁平成18年1月17日判決の射程に加え、SPAにプロ・サンドバッギング又はアンチ・サンドバッギングの規定があるかを確認する必要があります。
Q4 簿外債務が1億円見つかった場合、損害額も1億円ですか。
必ずしも一致しません。SPAのLossの定義、譲渡価格の算定方法、株式価値への影響、税効果、既に価格へ織り込まれていたか、対象会社自身の負担か買主の損害か等を検討します。大型クレームでは会計・バリュエーション専門家との連携が重要です。
Q5 表明保証違反の通知をする前に、損害額を確定する必要がありますか。
SPAのNotice条項によります。調査が継続中でも通知期限は進行するため、既知の事実、疑われる違反条項及び暫定的な損害情報を記載した保全的Noticeが必要かを早期に検討します。抽象的な権利留保だけで十分とは限りません。
Q6 W&I保険があれば、売主への請求は考えなくてよいですか。
いいえ。W&I保険の補償範囲とSPA上の責任は一致しません。Known Matters、Retention、除外事項、Specific Indemnity、Fraud、保険会社の代位等を確認し、売主・Escrow・保険会社のどこが最終的な回収先になるかを整理する必要があります。
Q7 クロージング前に表明保証違反が判明した場合、買主は取引を中止できますか。
当然にはできません。Bring-down Condition、Materiality、MAC、Termination、Waiver及び是正条項を確認します。違反の重大性と契約上のClosing条件によって、クロージング拒絶、条件変更、価格再交渉、是正又は補償への切替え等を検討します。
Q8 重大な表明保証違反なら、クロージング後でもSPAを解除できますか。
必ずしもそうではありません。Exclusive Remedy、解除条項、民法541条以下の要件、違反の重大性及び原状回復の実現可能性を検討する必要があります。詐欺的な虚偽表示・秘匿が疑われる場合には民法96条その他の構成も別途検討されます。
Q9 表明保証紛争では、最初に何を保全すべきですか。
SPAとDisclosure Letterだけでなく、VDRの保存版、DD Q&A、DD報告書、価格算定資料、契約ドラフト履歴、Closing Bible、メール・チャット、会計・税務データ、取締役会資料等を優先して保全します。後から取得できないVDRやチャット履歴は特に重要です。
Q10 外国売主・外国買主とのM&Aでも、日本の表明保証の考え方をそのまま使えますか。
準拠法次第です。外国法準拠のSPAでは、Representations and Warranties、Indemnity、Sandbagging、Damages、Privilege、Limitations等のルールが日本法と異なり得ます。準拠法、裁判管轄又は仲裁、W&I保険、相手方資産の所在を踏まえ、関係法域の弁護士と統一したクレーム戦略を組む必要があります。
代表弁護士 道下剣志郎「Legal Update」について
SAKURA法律事務所は、代表弁護士 道下剣志郎のプロフィールページを通じ、M&A、企業法務、クロスボーダー取引、国際紛争、金融規制、Web3・Crypto、AI・IT、個人情報、知的財産、労務、危機管理及び社内調査等に関するLegal Updateを継続的に公表しています。本稿は、M&Aの契約設計を扱う第13回から第15回に続き、Closing後に契約上のリスク配分が実際のクレームへ転化した場面を取り上げるものです。
SAKURA法律事務所 公式サイト https://sakura-lawyers.jp/
代表弁護士 道下剣志郎 プロフィール https://sakura-lawyers.jp/lawyer/michishita-kenshiro/
SAKURA法律事務所に相談できる事項
SAKURA法律事務所では、買主・売主、上場会社、事業会社、PEファンド、創業者、海外企業その他の当事者から、M&A後に発覚した表明保証違反、補償請求、Specific Indemnity、Knowledge・Disclosure・Sandbagging、損害算定、W&I保険、Escrow・Holdback、第三者請求、SPA解釈、証拠保全、社内調査、交渉、訴訟及び国際仲裁その他のM&A関連紛争について相談を受けることが可能です。クロスボーダー案件では、海外本社、General Counsel、外国法律事務所、会計・税務・バリュエーション専門家及び保険会社と英語で連携し、日本法上のクレーム戦略をグローバルな紛争対応へ組み込む対応も行います。
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M&A、表明保証違反、補償請求、株式譲渡契約、法務デューデリジェンス、W&I保険、クロスボーダーM&A紛争その他の企業法務・国際法務に関するご相談は、SAKURA法律事務所までお問い合わせください。
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〒106-0032 東京都港区六本木一丁目4番5号 アークヒルズサウスタワー4F
代表弁護士 道下 剣志郎
Web: https://sakura-lawyers.jp/
主な参考資料
1 e-Gov法令検索「民法」(第96条、第166条、第415条、第416条、第541条以下等)
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
2 裁判所「東京地方裁判所平成18年1月17日判決(平成16年(ワ)第8241号 損害賠償等請求事件)」
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/444/005444_hanrei.pdf
3 中小企業庁「中小M&Aガイドライン」公式ページ(第3版及び2025年12月15日時点版の各種契約書サンプル等)
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline.html
4 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/m_and_a_guideline.pdf
5 中小企業庁「株式譲渡契約書サンプル」(補償、Cap・Basket・Claim Period、Sandbagging等)
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline/reference/007_02.pdf
6 中小企業庁「株式譲渡契約書サンプル 別紙1・売主の表明及び保証事項」
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline/reference/007_01.pdf
7 中小企業庁「最終契約におけるリスク事項についての説明書サンプル」
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/m_and_a_guideline_s01.pdf
8 中小企業庁「中小M&A専門人材向け 知識・スキルマップ」(表明保証、補償、表明保証保険等)
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline/skills-map.pdf
9 中小企業庁「2021年版中小企業白書 第2節 M&Aを通じた経営資源の有効活用」(表明保証保険)
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2021/chusho/b2_3_2.html
10 中小企業庁「中小企業の経営資源集約化等に関する検討会 取りまとめ」(表明保証保険の例を含む)
https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/kenkyukai/shigenshuyaku/2021/210428torimatome.pdf
11 経済産業省「海外M&A等」
https://www.meti.go.jp/policy/external_economy/toshi/kaigaima/index.html
12 経済産業省「海外M&Aを経営に活用する9つの行動」関連資料
https://www.meti.go.jp/policy/external_economy/toshi/kaigaima/kanren/committeema.html
13 経済産業省「9つの行動 別冊編(CFO・法務担当役員・社外取締役に期待される役割)」
https://www.meti.go.jp/policy/external_economy/toshi/kaigaima/kanren/nineactions.html
14 法務省 日本法令外国語訳データベース「Act on General Rules for Application of Laws」
https://www.japaneselawtranslation.go.jp/ja/laws/download/3783/09/h18Aa000780301en14.0.pdf
15 法務省 日本法令外国語訳データベース「Code of Civil Procedure」
https://www.japaneselawtranslation.go.jp/en/laws/download/4797/09/h08Aa001090704en16.0_r4A48.pdf
16 法務省 日本法令外国語訳データベース「Arbitration Act」
https://www.japaneselawtranslation.go.jp/en/laws/download/4440/09/h15Aa001380304en16.0_r5A15.pdf
17 日本商事仲裁協会(JCAA)「仲裁規則」
https://www.jcaa.or.jp/arbitration/rules.html
18 日本商事仲裁協会(JCAA)「商事調停規則」
https://www.jcaa.or.jp/mediation/rules.html
19 SAKURA法律事務所 公式サイト
https://sakura-lawyers.jp/
20 SAKURA法律事務所 代表弁護士 道下剣志郎 プロフィール
https://sakura-lawyers.jp/lawyer/michishita-kenshiro/
免責事項
本稿は、2026年10月5日時点で公表されている日本法令、裁判例、公的資料及び一般的なM&A実務を踏まえた一般的な情報提供を目的とするものであり、特定のM&A、表明保証違反、補償請求、保険請求又は紛争についての法的助言又は法律意見を構成するものではありません。表明保証違反の有無、補償請求の可否及び範囲、Knowledge・Disclosure・Sandbaggingの効果、契約上のNotice・Claim Period、責任制限、Loss及び因果関係、W&I保険、解除・詐欺その他の救済、準拠法、裁判管轄・仲裁及び回収可能性は、SPA及び保険契約の文言、準拠法、DD・Disclosureの内容、取引価格の形成過程、違反事実、発見時期、当事者の認識、損害の発生・拡大経緯その他の具体的事情により異なります。個別案件では、当該時点で有効な法令・裁判例・契約書及び証拠を確認した上で、具体的事情に応じた検討が必要です。