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2026.10.15

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【SAKURA法律事務所 代表弁護士 道下剣志郎 Legal Update】相場操縦・風説の流布・偽計・空売り規制――見せ玉、仮装・馴合売買、SNS・ショートレポート、アルゴリズム・高速取引と市場公正性【2026年版】について公開いたしました。

SAKURA法律事務所 代表弁護士 道下剣志郎 Legal Update

2026年9月30日(2026年10月6日全面改訂)

SAKURA法律事務所 代表弁護士 道下 剣志郎

SAKURA法律事務所は、代表弁護士 道下剣志郎によるLegal Update第26回「相場操縦・風説の流布・偽計・空売り規制――見せ玉、仮装・馴合売買、SNS・ショートレポート、アルゴリズム・高速取引と市場公正性【2026年版】」を全面改訂いたしました。本稿は、市場公正性規制を違反類型の暗記としてではなく、投資判断、注文設計、情報発信、取引システム、空売り、監視、社内調査及び当局対応まで連続する「市場行動ガバナンス」として捉え直すものです。

日本法上、株価を動かした取引が直ちに相場操縦になるわけではありません。金融商品取引法第159条は、取引状況について他人に誤解を生じさせる目的で行う仮装・馴合売買等と、他人を取引に誘引する目的の下で売買が繁盛であるとの誤解を生じさせ、又は相場を人為的に変動させるべき一連の売買・委託等を規制します。第158条は、一定の目的の下での風説の流布及び偽計等を別個に禁止しています。マーケットメイク、ヘッジ、裁定、指数リバランスその他の正当な取引も価格や板に強い影響を与え得るため、法的評価では、価格変動という結果ではなく、目的、経済的合理性、真の約定意思、反復性、関連ポジション及び市場に作り出した外観を一体として検討する必要があります。

2026年の執行実務は、その分析が約定履歴だけでは完結しないことを明確に示しています。証券取引等監視委員会は、ベースフード株式ほか2銘柄について、大口注文で板の需給を見せながら反対側で売買する取引を相場操縦として勧告し、金融庁は2026年9月17日、627万円の課徴金納付命令を決定しました。9月15日のエコミック株式の勧告では、自己対当、株価引上げ及び重層的な買い注文を10取引日にわたり組み合わせた取引が問題とされています。シグマゴー・コ・リミテッドの事案では海外規制当局との協力が公表され、スーパーバリュー株券等5銘柄の事案では刑事告発が行われました。注文、訂正、取消し、関連口座、端末、資金、通信、アルゴリズムの挙動までが調査対象となり得ます。

また、2026年7月23日に公布された令和8年法律第64号は、不公正取引に対する課徴金制度をさらに見直し、高速取引行為を用いた相場操縦等について1日単位で課徴金額を算定する仕組み、端数切捨て基準の見直し、他人名義口座を利用した不公正取引及び口座提供等の協力行為への対応を盛り込みました。他方、8月12日に先行施行されたのは無登録業に対する罰則引上げ等の一部であり、高速取引行為に関する課徴金算定方法等の主要な市場不公正取引改正は、2026年10月6日時点では成立済み未施行です。現行法と未施行法を混同せず、将来施行を見据えてシステム・監視態勢を準備する必要があります。

本稿では、2026年10月6日時点の金融商品取引法、関係政令・内閣府令、証券取引等監視委員会、金融庁及び日本取引所グループの最新公表資料を踏まえ、上場会社、証券会社、運用会社、ヘッジファンド、自己売買部門、PEファンド、海外投資家、アルゴリズム取引事業者、General Counsel及び法務・コンプライアンス責任者が、平時の統制と疑義発生後の調査をどのように設計すべきかを論じます。

本稿の要旨

相場操縦規制の中心は、価格が上がったか下がったかではなく、注文・売買の目的と経済的実態が、市場に表示された外観と整合しているかにあります。仮装・馴合売買、自己対当、買い上がり・売り崩し、終値関与、下値支え、見せ玉等は、個別注文にラベルを付けて判断するのではなく、関連口座、ポジション、注文訂正・取消し、取引前後の利益構造を同じ時間軸で再構成して評価する必要があります。

風説の流布・偽計は、SNS、動画、オンライン掲示板、ショートレポート等が瞬時に価格形成へ作用する市場では、取引監視と切り離せません。2024年のヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式の事案は、合理的根拠のない情報を掲示板へ投稿し、株価上昇後の売却を企図した行為について初の課徴金勧告が行われた事例です。また、2025年の「特殊見せ玉」は、言葉ではなく注文設計自体が偽計として評価された点で重要です。発信内容、根拠資料、ポジション、発信目的及び発信前後の売買を一体で管理する必要があります。

アルゴリズム取引と金融商品取引法上の「高速取引行為」は同義ではありません。通常の執行アルゴリズムが直ちに登録対象となるわけではない一方、自動化された戦略であっても、真の約定意思を欠く注文表示、反復的な自己対当、ベンチマークを歪める終値関与等を行えば不公正取引規制の問題となり得ます。したがって、取引担当者だけでなく、コード、パラメータ、モデル変更、テスト、停止権限、監視アラートを含むモデルガバナンスが必要です。

空売りは日本で原則として適法な取引ですが、明示・確認義務、10%下落をトリガーとする価格規制、0.2%以上の残高報告、0.5%以上の公表等の独自規制に服します。これらの規制を満たしたことと、ショート戦略全体が相場操縦又は風説・偽計に当たらないことは別問題です。借株、売買注文、デリバティブ、調査レポート、SNS発信及び企業イベントを同一のコンプライアンス体系で見る必要があります。

疑義が生じたときに最初に行うべきことは、担当者へ事情を聞くことではなく、客観データを固定することです。注文イベント、約定、板情報、アルゴリズムのバージョンとパラメータ、APIログ、チャット・メール、端末・認証ログ、関連口座、資金移動、投資判断資料、承認記録を保全した上で、利益相反に配慮した調査体制を設計します。市場公正性コンプライアンスの成熟度は、禁止規程の長さではなく、取引時点の意思決定を後から説明できるかによって測るべきです。

1 市場公正性規制の法的構造――「価格への影響」と「市場を欺く外観」を分けて考える

金融市場では、投資家の注文が価格へ影響を与えること自体は当然です。大口の買付け、ポジション解消、指数リバランス、ETF裁定、顧客フローに対するヘッジ、マーケットメイク等は、価格や板厚を大きく変えることがあります。市場公正性規制が対象とするのは、こうした正当な需給形成そのものではなく、取引が繁盛している、特定方向の需給が存在する、又は一定価格が自然な市場評価であるという誤った外観を、人為的な注文・売買によって作り出し、他の市場参加者の判断を歪める行為です。したがって、価格影響の大きさだけから違法性を推認することも、反対に「実際に約定したから真の注文だった」と結論付けることも適切ではありません。

第159条第1項の仮装・馴合売買等では、取引状況について他人に誤解を生じさせる目的が問題となります。第159条第2項の変動操作取引では、他人を取引に誘引する目的の下で、売買が繁盛であるとの誤解を生じさせ、又は相場を人為的に変動させるべき一連の売買・委託等が問題となります。自己対当、買い上がり、売り崩し、下値支え、終値関与、見せ玉は、これら法的類型と完全に一対一対応する日常語ではありません。事案によっては複数の手法が同時に現れ、第158条の偽計も問題となり得ます。2026年6月の課徴金事例集では、直近5年間の相場操縦勧告18件のうち、複数の手法が用いられた事案が約6割と整理されています。

企業又は市場参加者の内部調査では、法令違反の有無を注文一件ごとに切り分けるのではなく、取引戦略全体を再構成する必要があります。何のためにポジションを作ったのか、どの価格帯でどの数量を執行する必要があったのか、注文取消しの条件は何か、関連する反対ポジションはあるか、顧客指図・ベンチマーク・ヘッジ比率・リスク制約は何であったかを、当時の資料から説明できることが重要です。事後的な「ヘッジだった」「流動性提供だった」という口頭説明だけでは、反復的な注文パターンを十分に説明できないことがあります。

この観点は、正当な戦略を守るためにも重要です。規制の目的は、大口取引や高速取引を萎縮させることではなく、市場に示された注文・取引の外観と、実際の経済目的との乖離を捕捉することにあります。コンプライアンス部門は、固定的な取消率や価格影響率を「違法ライン」「安全ライン」として扱うのではなく、アラートを事実調査へつなぐ入口として利用し、注文、ポジション、情報発信、経済合理性を総合評価する体制を設計すべきです。

2 見せ玉・自己対当・価格引上げ――2026年執行事例が示す「注文ライフサイクル」の重要性

2026年の執行実務が最も明確に示したのは、相場操縦の立証・監視が「約定した売買」の分析に限定されないということです。ベースフード株式ほか2銘柄の事案では、売り板又は買い板に大口注文を表示して板の厚みを作り、その外観を利用しながら反対側で自己の売買を有利に進める取引が問題となりました。金融庁は2026年9月17日、証券取引等監視委員会の4月の勧告を受け、627万円の課徴金納付命令を決定しています。勧告と最終的な課徴金納付命令は法的段階が異なるため、実務では当局公表のステータスも区別して把握する必要があります。

9月15日のエコミック株式の勧告では、自己の買い注文へ売り注文を対当させる取引、成行又は直前約定値より高い指値による株価引上げ、複数の買い注文を重層的に発注する行為が、10取引日にわたる一連の取引として評価されています。ここから分かるのは、自己対当の有無、取消率、注文量、価格影響という単一指標だけでは結論を出せないということです。複数部署又は複数アルゴリズムが独立に執行して偶発的な自己対当が生じることはあり得ますが、反復性、価格形成との連動、利益ポジションとの関係、自己対当防止機能の有無が重なると評価は大きく変わります。

クロスボーダー取引でも同じです。シグマゴー・コ・リミテッドの事案では、香港所在の自己売買会社によるANYCOLOR株式ほか4銘柄の相場操縦について課徴金勧告が行われ、中国、香港、英国の規制当局及び日本取引所自主規制法人からの支援が公表されています。スーパーバリュー株券等5銘柄の事件では、複数名義口座を用いた売り下がり、買い上がり、仮装売買等について刑事告発が行われました。海外ブローカー、外国法人、第三者名義口座を利用しても、日本市場の注文データ、資金・口座関係、通信・端末情報を国際協力によって再構成できることを前提にすべきです。

取引監視システムは、約定ベースの損益分析だけでは足りません。全注文の発注、訂正、取消し、板上滞留時間、約定率、価格帯別の板占有、反対側取引、自己・関連口座のクロス、ポジション変化を時系列で再現できるデータ設計が必要です。アラートを検知した後に、担当者の説明、投資判断、コード又は注文ロジック、アクセスログを突合できることが重要であり、「取消率○%以下なら問題ない」といった形式的な閾値運用は市場の実態にも法的評価にも適合しません。

3 SNS・ショートレポート・IR――情報発信とポジションを同じ規制フレームで管理する

金融商品取引法第158条は、有価証券の募集・売買等のため、又は相場の変動を図る目的の下で、風説を流布し、偽計を用いること等を禁止します。SNS、動画、掲示板、チャットコミュニティ、ニュースレター等が市場参加者へ瞬時に届く現在、法務・コンプライアンスが情報発信と売買監視を別々の部署の問題として扱うことは危険です。何を発信したかだけでなく、合理的根拠、事実と意見の区別、対象読者、発信時点のポジション、発信前後の取引、既知の反対資料をどのように扱ったかまで、一体として検討する必要があります。

2024年のヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式の事案では、株価を上昇させて売却することを企図し、合理的根拠のない情報をインターネット掲示板へ投稿した行為について、風説の流布として初の課徴金勧告が行われました。「個人的見解です」「予想です」といったラベルは、合理的根拠を欠く具体的な事実表示の法的性質を自動的に変えるものではありません。投資家向け情報発信を行う運用会社、個人投資家、インフルエンサー、調査会社等では、根拠資料の保存と利益相反・自己ポジションの管理が不可欠です。

第158条の偽計は、言葉による虚偽情報に限られません。2025年のオカムラ食品工業株式ほか5銘柄に係る「特殊見せ玉」では、引け注文の需給に関する誤った外観を作り、他の投資者の行動を抑制した後に注文を変更する欺罔的な注文設計が偽計として課徴金対象となりました。したがって、ある行為が典型的な見せ玉に見えるからといって、常に第159条だけで評価されるわけではなく、仕組み全体が人を欺く手段として機能している場合には第158条の分析が必要です。

ショートセラーによる批判的調査レポートも、批判的であることやショートポジションを有すること自体から違法にはなりません。しかし、一次資料に乏しい断定、事実と推測の意図的な混同、重要な反対事実の隠蔽、誤解を誘う見出し、発信直後のポジション解消などが重なれば、法的評価は厳しくなり得ます。ポジション開示も万能のセーフハーバーではありません。上場会社側も、虚偽情報への反論を急ぐあまり未公表重要事実又は未確認情報を開示しないよう、IR、法務、広報、インサイダー情報管理及び適時開示を同じ事実基盤で運用することが重要です。

4 アルゴリズム・高速取引――コード、モデルガバナンスと成立済み未施行の2026年改正

アルゴリズム取引は、注文分割、マーケットメイク、裁定、ヘッジ、指数連動、スマート・オーダー・ルーティング等、現代市場の通常のインフラです。多数の注文や高い取消率が存在することだけで相場操縦になるわけではありません。他方、真の約定意思を欠く注文を表示して反対側取引を有利にする、自己対当を反復して出来高又は価格の外観を作る、終値等のベンチマークを動かすことを狙うロジックであれば、人が手動で同じ行為をする場合と同様に不公正取引規制の問題となります。自動化は責任を消すのではなく、取引意思をコードとログから説明する必要性を高めます。

一般的なアルゴリズム取引と、金融商品取引法上の「高速取引行為」は区別しなければなりません。高速取引行為者については2018年4月から登録制度が施行され、金融庁は登録事業者及び市場での高速取引行為の動向を継続的に把握しています。2026年9月30日には同年1月から6月までの最新データが公表されました。登録要否は、電子的・自動的な判断、取引所等への情報伝達時間を短縮する仕組みその他の法定要件に照らして判断されるため、「アルゴリズムを使う会社は全てHFT登録が必要」という理解は正確ではありません。

取引組織では、戦略稼働前に、目的、想定市場、注文ロジック、取消条件、自己対当回避、価格・数量制限、最大ポジション、異常時停止条件を承認し、バックテスト・シミュレーション結果を保存すべきです。コードとパラメータはバージョン管理し、重要変更には再承認を要求し、独立したリスク又はコンプライアンス部門が戦略を停止できる権限を持つことが望まれます。外部ベンダーがアルゴリズムやルーティング機能を提供する場合も、モデル変更、障害、ログ、委託先の再委託を含めた統制が必要です。

令和8年法律第64号は、高速取引行為を用いた相場操縦等について、違反行為日ごとに課徴金を算定し、端数切捨て基準を1万円未満から1円未満へ見直す仕組み等を盛り込みました。また、他人名義口座を利用した不公正取引への課徴金水準の引上げや、口座提供等の協力行為に対する課徴金も制度化する方向です。しかし、2026年10月6日時点で、これら市場不公正取引に関する主要部分は未施行です。8月12日に施行された無登録業の罰則引上げ等と混同せず、法務・コンプライアンス・システム部門で施行管理表を持ち、開始日と下位法令の確定を追跡する必要があります。

5 空売り規制と市場公正性――ショート戦略には二重の適法性確認が必要

空売りは、日本において原則禁止された取引ではありません。価格発見、ヘッジ、裁定、マーケットニュートラル戦略等の重要な機能を持つ一方、金融商品取引法施行令及び関係府令に基づき、明示・確認義務、価格規制、残高報告・公表等の独自規制に服します。これらは第158条・第159条の市場不公正取引規制とは別建てであり、一つのショート戦略について「空売り規制の技術要件」と「市場操縦・情報発信の適法性」を二段階で確認する必要があります。

日本取引所グループの公表資料によれば、売付注文について空売りか否かを明示し、取引参加者もその区分を確認して取引所へ明示する必要があります。価格規制は常時作動するのではなく、銘柄価格がその日の基準値段から10%以上下落した時点で発動し、その時点から翌取引日の立会終了まで継続します。執行システムは、規制発動状態をリアルタイムで反映し、株価上昇局面・下落局面に応じた価格条件を適切に制御できなければなりません。

残高報告については、発行済株式総数に対する空売り残高割合が0.2%以上となった場合に報告義務が生じ、0.5%以上の残高について取引所が投資者名等を含む一定の情報を公表します。ファンドグループでは、報告主体、口座・ポートフォリオの集計、分母となる発行済株式数、株券貸借、現物ポジション、デリバティブ、適用除外を閾値到達前から定義しておくことが重要です。海外で利用しているショートポジション管理システムが日本の計算ロジックを自動的に満たすとは限りません。

そして、空売り規制を形式的に満たしていても、見せ玉、売り崩し、終値関与、偽計的な情報発信等と結び付けば、別途相場操縦又は風説・偽計の問題が生じます。他方、合理的な調査に基づくショートポジションによって株価が下落したからといって、それだけで相場操縦にはなりません。ショートポジション、借株、注文、ヘッジ、調査レポート、SNS発信及び企業イベントを、一つの戦略として説明できることが重要です。

6 監視・調査・クロスボーダー執行――まず「事実を固定」してから人に聞く

日本の市場監視は、東京証券取引所、日本取引所自主規制法人、証券会社及び証券取引等監視委員会が重層的に担っています。取引所や証券会社は異常な注文・売買パターンを監視し、証券監視委は取引調査、課徴金検査及び犯則調査を通じて事実を再構成します。エコミック事案では日本取引所自主規制法人から提供された情報等を参考として実態解明を行ったことが公表され、シグマゴー事案では複数の海外規制当局の協力が明記されています。市場参加者は、国内一口座の約定履歴だけを見れば調査が完結するという前提を持つべきではありません。

2025年12月に告発された不正アクセスを手段とする相場操縦事件は、市場公正性とサイバーセキュリティの交差を示します。第三者の証券口座を不正利用して価格引上げ、下値買い注文、通謀取引等を行ったとされる事案では、アカウント乗っ取りが顧客資産保護だけでなく、市場へ不正注文を流入させる市場濫用リスクにも直結しました。証券会社・運用会社のセキュリティ監視と売買監視は、少なくとも重大インシデント時には相互に情報を接続する必要があります。

疑義が生じた際は、担当者への聞き取りより先に、注文・約定・訂正・取消しの全イベント、ミリ秒以下を含むタイムスタンプ、当時の板・市場データ、アルゴリズムのソース又は実行バージョン、パラメータ、APIログ、メール・チャット、投資判断資料、顧客指図、端末・IP・認証ログ、関連口座、資金移動、ポジション、承認記録を保全すべきです。クラウドログや一時データは保存期間が短い場合があり、通常運用の削除を止める措置が必要です。

ヒアリングは、客観データから暫定的なタイムラインと仮説を作った後に行う方が精度を高められます。証拠保全前の非公式な聞き取りは、記憶の変容、関係者間の説明調整、ログ・端末の変更を招く可能性があります。法務・コンプライアンスは、追加取引制限、利益相反、外部弁護士の独立性、海外拠点のデータ移転・労務・プライバシー、証券会社・取引所・SESCへの説明、適時開示の要否を同時に設計する必要があります。

7 市場公正性ガバナンスの到達点――禁止規程ではなく「説明可能な取引」を設計する

市場公正性の事故は、典型的な悪意あるトレーダー一人からだけ生じるわけではありません。複数ポートフォリオ・マネージャーが同一銘柄を反対方向に売買し、別部署のアルゴリズムがクロスし、IR担当者がSNS上の噂へ反応し、外部ベンダーが注文ロジックを変更するという日常的な組織活動の接点で、自己対当や説明困難な注文パターンが生まれることがあります。したがって、「相場操縦をしてはならない」という規程だけでは足りず、取引、テクノロジー、リスク、広報、サイバー及び内部調査を接続する必要があります。

証券会社、運用会社、ヘッジファンド、自己売買部門では、戦略承認、関連口座マッピング、プレトレードの自己対当・価格・数量制御、ポストトレード監視、アラートの独立レビュー、例外承認、モデル変更管理、短売り閾値管理、定期的な検証を一連の統制として構築することが考えられます。上場会社側でも、自社株買い、役職員売買、IR・SNS発信、適時開示、インサイダー情報管理、ショートレポート対応、異常取引発生時の危機対応を分断しないことが重要です。

最も強い統制の一つは、取引時点の意思決定を当時の記録から再現できる「説明可能性」です。なぜその銘柄を保有したのか、なぜその時刻・価格・数量で注文したのか、なぜ注文を変更・取消したのか、自己対当をシステムがどう防止したのか、外部発信時にどのポジションを持っていたのかを、後付けではなく当時のログ、承認、投資判断資料から説明できる状態を作ることが、適法な取引を守り、異常を早期に発見する双方の基礎になります。

SAKURA法律事務所及び代表弁護士 道下剣志郎は、第24回のインサイダー取引、第25回の公開買付・大量保有報告制度と本稿第26回を、上場会社及び資本市場参加者に共通する市場情報・株式取引ガバナンスの連続した実務領域として位置付けています。相場操縦、風説・偽計、空売り及びアルゴリズム取引の問題は、M&A、資本政策、情報開示、サイバー、クロスボーダー取引及び内部調査と交錯します。規制を個別条文の一覧としてではなく、取引の設計、監視、証拠保全、説明責任まで一つの時間軸で統合することが、2026年の実務に求められる市場公正性ガバナンスです。

FAQ

Q1 株価を上げたいと考えて大量に買い付ければ、それだけで相場操縦になりますか。

いいえ。価格上昇への期待や、買付けによって実際に価格が上昇したという結果だけで直ちに相場操縦となるわけではありません。第159条のどの類型が問題になるか、誘引目的又は繁盛誤解目的、注文・売買の一連性、経済的合理性、関連ポジション等を具体的に検討する必要があります。

Q2 大口注文を出して数秒で取り消した場合、見せ玉になりますか。

取消しの速さや取消率だけでは決まりません。注文時に真の約定意思があったか、板にどのような外観を作ったか、反対側で自己の売買を有利に行っていたか、反復性、経済的合理性等を総合的に評価します。アルゴリズム取引では、注文ロジックと取消条件を再現できるログが重要です。

Q3 複数のアルゴリズムが偶然に自己対当した場合も、直ちに仮装売買になりますか。

一件の偶発的な自己対当だけで直ちに結論が出るわけではありません。法定の目的要件、反復性、価格・出来高への外観、関連ポジション、自己対当防止統制等を確認します。他方、同じパターンが継続し、容易に回避できたのに放置されていた場合には説明は厳しくなります。

Q4 SNSで上場会社について強気又は弱気の見解を発信することは違法ですか。

正当な意見、分析、予測の発信自体は禁止されていません。しかし、合理的根拠のない情報や虚偽・誤解を招く事実表示を、法定の目的の下で不特定又は多数へ流布する場合には、第158条の風説・偽計が問題となり得ます。「個人的見解」と表示するだけで適法性が保証されるわけではありません。

Q5 ショートポジションを保有しながら企業への批判的レポートを公表できますか。

可能な場合があります。ショートポジションや批判的内容自体は違法ではありません。ただし、事実的根拠、反対資料の取扱い、事実と推測の区別、ポジション・利益相反の開示、発信と取引の関係を慎重に管理する必要があります。ポジションを開示しても虚偽又は偽計的な行為の免責にはなりません。

Q6 アルゴリズム取引を行う会社はすべて高速取引行為者として登録が必要ですか。

いいえ。金融商品取引法上の高速取引行為には固有の法定要件があり、アルゴリズムを利用するすべての取引が登録対象となるわけではありません。システム構成、注文判断及び伝達方法等を個別に確認します。登録対象外であっても相場操縦・偽計等の規制は適用され得ます。

Q7 日本の空売り価格規制と残高報告の主な基準は何ですか。

JPXの公表資料では、価格規制は基準値段から10%以上下落した時点で発動し、その時点から翌取引日の立会終了まで継続します。空売り残高割合が0.2%以上となった場合に報告義務が生じ、0.5%以上の残高は公表対象となります。適用除外があるため、実際の取引では法令・府令を確認する必要があります。

Q8 海外ファンドが海外ブローカーを通じて日本株を売買する場合、日本の相場操縦規制は適用されますか。

適用され得ます。2026年のシグマゴー事案では香港法人による日本株取引について課徴金勧告が行われ、複数の海外規制当局との協力も公表されています。日本市場での注文・取引については日本法上の評価が問題となり得るほか、本国・取引拠点の市場濫用規制も併存し得ます。

Q9 SNSで自社に関する虚偽の噂が拡散した場合、上場会社は直ちに否定開示すべきですか。

一律ではありません。事実が未確認である場合、未公表重要事実が関係する場合、取引所又は当局対応が必要な場合には、拙速な反論が別の問題を生むことがあります。法務・IR・広報が事実確認、適時開示、訂正、削除・法的対応及びインサイダー情報管理を一体で検討すべきです。

Q10 社内で相場操縦又は取引統制不備の疑いが判明した場合、最初に何をすべきですか。

本人への非公式ヒアリングより先に、注文・約定・訂正・取消し、板・市場データ、アルゴリズムのコード・バージョン・パラメータ、APIログ、チャット・メール、端末・認証ログ、関連口座、資金移動、投資判断・承認資料を保全してください。その上で追加取引と情報拡散を管理し、利益相反を踏まえた調査体制を設計します。

代表弁護士 道下剣志郎「Legal Update」について

SAKURA法律事務所は、代表弁護士 道下剣志郎のプロフィールページにおいて、企業法務、M&A、クロスボーダー取引、国際紛争、金融規制、Web3・暗号資産、AI・IT、個人情報、知的財産、労務、危機管理、社内調査その他の企業経営に重要な法的論点を継続的に解説する「Legal Update」を日本語・英語で公表しています。第26回は、第24回のインサイダー取引・情報ガバナンス、第25回の公開買付・大量保有報告制度に続き、取引行動、情報発信、アルゴリズム、高速取引及び空売りを横断する市場公正性規制を扱うものです。

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SAKURA法律事務所では、上場会社、証券会社、運用会社、ヘッジファンド、PEファンド、自己売買部門、海外投資家その他の市場参加者から、相場操縦、仮装・馴合売買、見せ玉、風説の流布・偽計、空売り規制、アルゴリズム・高速取引、インサイダー取引、TOB・大量保有報告、IR・市場コミュニケーション、取引監視態勢、社内調査、証券取引等監視委員会・取引所・証券会社対応その他の金融規制・市場公正性案件についてご相談を受けています。クロスボーダー案件では、海外本社、外国法律事務所、海外ファンド、投資銀行、取引業者等と英語で連携し、日本法上の規制分析をグローバルな取引・コンプライアンス体制へ組み込む対応も行います。

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〒106-0032 東京都港区六本木一丁目4番5号 アークヒルズサウスタワー4F

代表弁護士 道下 剣志郎

Web: https://sakura-lawyers.jp/

主な参考資料

1 金融商品取引法(e-Gov法令検索。第157条~第159条、第173条、第174条の2等)

2 金融商品取引法施行令(e-Gov法令検索。空売り規制等)

3 有価証券の取引等の規制に関する内閣府令(e-Gov法令検索)

4 証券取引等監視委員会「不公正取引について」

5 証券取引等監視委員会「金融商品取引法における課徴金事例集~不公正取引編~」(2026年6月23日)

6 証券取引等監視委員会「報道発表(令和8年)―不公正取引関係」

7 証券取引等監視委員会「エコミック株式に係る相場操縦に対する課徴金納付命令の勧告について」(2026年9月15日)

8 金融庁「ベースフード(株)株式外2銘柄に係る相場操縦に対する課徴金納付命令の決定について」(2026年9月17日)

9 証券取引等監視委員会「ベースフード株式ほか2銘柄に係る相場操縦に対する課徴金納付命令の勧告について」(2026年4月17日)

10 証券取引等監視委員会「シグマゴー・コ・リミテッドによるANYCOLOR株式ほか4銘柄に係る相場操縦に対する課徴金納付命令の勧告について」(2026年3月31日)

11 証券取引等監視委員会「株式会社スーパーバリュー株券等5銘柄に係る相場操縦事件の告発について」(2026年3月12日)

12 証券取引等監視委員会「オカムラ食品工業株式ほか5銘柄に係る特殊見せ玉を用いた偽計に対する課徴金納付命令の勧告について」(2025年10月17日)

13 金融庁「オカムラ食品工業株式外5銘柄に係る特殊見せ玉を用いた偽計に対する課徴金納付命令の決定について」(2025年12月18日)

14 証券取引等監視委員会「ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式に係る風説の流布に対する課徴金納付命令の勧告について」(2024年7月26日)

15 証券取引等監視委員会「市場へのメッセージ」(2024年10月17日)

16 証券取引等監視委員会「不正アクセス行為を手段とした相場操縦事件の告発について」(2025年12月18日)

17 証券取引等監視委員会「市場へのメッセージ」(2026年9月17日)

18 金融庁「第221回国会における金融庁関連法律案」(令和8年法律第64号関係)

19 金融庁「金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律案 説明資料」(不公正取引規制等の見直し)

20 金融庁「令和8年金融商品取引法等改正(20日後施行)に係る政令の公布について」(2026年7月29日)

21 金融庁「高速取引行為の動向について」

22 金融庁「高速取引行為の動向(令和8年1月~6月)について」(2026年9月30日)

23 金融庁「高速取引行為の登録・届出等」

24 日本取引所グループ「空売り規制」

25 日本取引所グループ「空売り残高に関する情報」

26 日本取引所グループ「売買の規制」

27 SAKURA法律事務所 公式サイト

28 SAKURA法律事務所 代表弁護士 道下剣志郎 プロフィール

免責事項

本稿は、2026年10月6日時点で公表されている日本法令、金融庁、証券取引等監視委員会、日本取引所グループその他の公的資料及び一般的な実務を基礎として、市場公正性規制に関する一般的な情報を提供するものです。特定の取引、投資判断、アルゴリズム、空売り、情報発信、社内調査又は当局対応についての法的助言又は法律意見を構成するものではありません。相場操縦、仮装・馴合売買、風説の流布・偽計、空売り規制、高速取引行為、課徴金又は刑事責任の成否は、注文・約定・訂正・取消しの態様、目的、ポジション、情報発信、口座・資金・端末関係、取引市場、アルゴリズムの設計、適用除外、時期その他の具体的事情によって異なります。令和8年法律第64号には2026年10月6日時点で未施行の規定が含まれるため、個別案件では、その時点で施行されている法令、政令・内閣府令、取引所規則及び最新の当局資料を確認した上で検討する必要があります。

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