SAKURA法律事務所 代表弁護士 道下剣志郎 Legal Update
2026年9月24日
SAKURA法律事務所 代表弁護士 道下 剣志郎
SAKURA法律事務所は、このたび、代表弁護士 道下剣志郎によるLegal Update第14弾として、「M&Aにおける法務デューデリジェンス――買主が確認すべき重要事項とDD結果を価格・SPA・クロージング条件・PMIへ反映する実務【2026年版】」を公開いたしました。
M&Aにおける法務デューデリジェンス、いわゆるLegal Due Diligence又は法務DDは、対象会社に法令違反や紛争が存在しないかを確認するだけの作業ではありません。買主が取得しようとする事業価値が、どの契約、許認可、人材、知的財産、データ、顧客関係、技術その他の要素によって支えられているのかを把握し、その価値を毀損し得る法的リスクを特定した上で、取引価格、買収ストラクチャー、株式譲渡契約その他の最終契約、クロージング条件、補償、クロージング前是正及びPMIにどのように反映するかを決めるための意思決定プロセスです。
法務DDの質は、確認した資料の量によって決まるものではありません。限られた期間の中で、対象会社の事業モデル、取引目的、投資金額、許容可能なリスク、規制環境及び買収後の運営方針を理解し、重要な論点に調査資源を集中させることが求められます。重要な問題を見落とさないことと、軽微な論点を大量に列挙して意思決定を妨げないことの双方が、実務上の法務DDには必要です。
また、DDで発見した問題は、DD報告書に記載しただけでは解決しません。重要契約のChange of Control条項が発見されたのであれば、相手方同意をクロージング条件とするのか、代替契約を準備するのか、価格へ反映するのかを決める必要があります。未払残業代のリスクが判明したのであれば、金額を試算し、補償又は価格調整を検討し、買収後の労務体制を是正する必要があります。知的財産権の帰属に欠缺があるのであれば、クロージング前の権利移転を求めるのか、表明保証及び特別補償を設けるのかを判断しなければなりません。
本稿では、2026年9月24日時点の法令及び公的資料を踏まえ、M&Aの買主、海外企業、PEファンド、VCその他の投資家が法務デューデリジェンスにおいて確認すべき主要事項と、その調査結果を取引条件へ落とし込む実務について体系的に解説します。
本稿の要旨
法務デューデリジェンスの目的は、対象会社の問題点を可能な限り多く発見することではありません。買主の投資判断及び取引条件に影響する重要な法的リスクを特定し、各リスクについて「取引を中止するのか」「価格で調整するのか」「売主に負担させるのか」「クロージング前に是正するのか」「PMIで改善するのか」を決めることにあります。
DDのスコープは、対象会社の規模だけでなく、事業モデル、取引ストラクチャー、投資目的、想定保有期間、規制業種か否か、知的財産・人材・データへの依存度、海外事業の有無等に応じて設計する必要があります。すべての案件で同じ資料リストを機械的に適用することは、効率的でも安全でもありません。
実務上重要なのは、コーポレート、重要契約、許認可、労務、知的財産、IT・データ、個人情報、コンプライアンス、内部通報、訴訟・紛争、不動産、環境、製品責任等を個別に確認した上で、それらを対象会社の事業価値との関係で横断的に評価することです。
M&A交渉段階で個人データを買主へ開示する場合について、個人情報保護委員会のガイドラインは、事業承継の契約締結前の交渉段階におけるDD目的の提供について、個人情報保護法第27条第5項第2号の「事業の承継」に関する取扱いを認める一方、利用目的・取扱方法、漏えい時の措置、交渉不成立時の措置等について安全管理措置を遵守させるために必要な契約を求めています。データルーム運用は、単なるM&A実務ではなく個人情報保護法上の問題でもあります。
SAKURA法律事務所及び代表弁護士 道下剣志郎は、法務DDを「調査報告書を作る作業」ではなく、対象会社の事業価値を理解し、重要な法的リスクを取引条件へ変換するM&Aの中核工程として位置付けることが重要であると考えています。
1 法務デューデリジェンスの本質――問題点の列挙ではなく意思決定のための調査
法務DDでは、多数の法令・契約・社内資料を確認します。しかし、M&Aの意思決定に必要なのは、法的論点の百科事典ではありません。対象会社の企業価値又は買主が期待するシナジーを毀損し得る事項を抽出し、それが取引にどの程度影響するかを示すことです。
例えば、年間売上高の40%を占める主要顧客契約にChange of Control条項が存在する場合、その重要性は極めて高くなります。他方、年間取引額が僅少な契約の軽微な通知義務違反について、同じ分量で報告する必要は通常ありません。
したがって、法務DDでは、法的に問題があるか否かだけでなく、発生可能性、想定損失額、事業継続への影響、是正可能性、第三者同意の必要性、買収後の管理可能性等を踏まえて重要性を評価する必要があります。
2 DDスコープの設計――取引目的から逆算する
DDの範囲は案件ごとに異なります。買主が技術・特許を取得するための買収であれば知財DDを厚くし、人材獲得が目的であればキーパーソン、競業避止、報酬制度及び労務問題を重点的に確認します。顧客基盤の獲得が目的であれば主要顧客契約、解約権、Change of Control、顧客集中度等が中心となります。
また、株式取得と事業譲渡では確認すべき論点も異なります。株式取得では対象会社の過去の債務・違反を含めて法人全体を取得するため、過去のコンプライアンス、労務、税務、訴訟等の調査が重要になります。事業譲渡では、何を承継させるか、契約・許認可・従業員をどのように移転するかという承継実務がより重要になります。
DD開始前には、対象会社の事業、取得目的、想定企業価値、取引ストラクチャー、規制業種、重要資産及びスケジュールを把握し、重点分野と重要性基準を定めることが有効です。
3 重要性基準――すべてを同じ深さで見るべきではない
法務DDには時間と費用の制約があります。そのため、Materiality Thresholdを設定し、一定金額以上の契約、売上上位顧客、重要仕入先、重要な借入、重大な訴訟等に調査対象を絞ることがあります。
もっとも、金額が小さくても重要な法的リスクは存在します。主要事業に必要な許認可の欠缺、コアIPの権利帰属、重大な情報漏えい、贈収賄、カルテル、反社会的勢力との関係、キーパーソンの退職等は、金額基準だけでは判断できません。
したがって、定量的な基準と、事業継続・規制・レピュテーション・経営支配に関する定性的なRed Flag基準を併用する必要があります。
4 データルームとQ&A――資料の有無そのものが情報である
DDでは、対象会社がVirtual Data Room等に資料を開示し、買主側がQ&Aを通じて追加情報を求める方法が一般的です。
重要なのは、開示された資料だけを見ることではありません。本来存在するはずの資料が存在しない、取締役会議事録が継続的に欠落している、契約原本が管理されていない、最新版の就業規則が特定できない、ライセンス台帳が存在しないといった事情自体が、内部管理体制の弱さを示す場合があります。
Q&Aでは、単なる事実確認だけでなく、なぜ資料がないのか、例外運用が常態化していないか、対象会社の説明と文書の内容が整合しているかを確認する必要があります。
5 コーポレートDD――株式、機関設計及び意思決定の適法性
コーポレートDDでは、定款、登記事項証明書、株主名簿、株式発行・譲渡履歴、株主総会及び取締役会議事録、種類株式、新株予約権、転換証券、株主間契約等を確認します。
買主にとって最も基本的な確認事項は、売主が対象株式を有効に保有し、その株式に質権その他の第三者権利が付着していないことです。譲渡制限会社であれば、株式譲渡承認に必要な手続も確認します。
スタートアップ又は複数回の資金調達を行った会社では、過去の増資、新株予約権、種類株式、投資契約、株主間契約等が複雑化していることがあります。希薄化、優先権、Drag Along、Tag Along、事前承諾権等がExitに影響しないかを確認する必要があります。
6 重要契約DD――事業価値を支える契約が継続するか
重要顧客、主要仕入先、販売代理店、業務委託先、ライセンサー、クラウド事業者、共同研究先、金融機関等との契約は、対象会社の事業価値を直接支えている場合があります。
契約期間、更新、解除、価格改定、最低購入義務、独占、競業避止、MFN、損害賠償、責任制限、知財、秘密保持、再委託、準拠法及び紛争解決等を確認するとともに、Change of Control条項、譲渡禁止条項及び事前通知・同意義務を重点的に確認します。
重要契約について相手方同意が必要である場合、その取得をクロージング条件とするのか、売主の合理的努力義務に留めるのか、同意が得られない場合に取引価格又は取引継続へどのような影響を与えるかを検討する必要があります。
7 借入・担保・保証――買収後の資金制約を確認する
金融機関借入、社債、リース、ファクタリング、担保、保証、財務制限条項等については、買収に伴う期限の利益喪失、事前承諾義務、Change of Control又は財務コベナンツへの影響を確認します。
対象会社が第三者の債務を保証している場合や、創業者個人から会社が保証を受けている場合もあります。M&A後に保証関係を解消する必要があるか、クロージング時の借換えが必要かを確認します。
買収ファイナンスと対象会社既存借入の関係も、案件初期から金融機関及び財務アドバイザーと連携して整理することが重要です。
8 許認可・業法DD――その事業を買収後も続けられるか
金融、決済、暗号資産、保険、通信、医薬品、医療、人材派遣・職業紹介、建設、不動産、廃棄物、運輸その他の規制業種では、許認可又は登録の有無と適法な維持が企業価値に直結します。
株式取得では法人格が維持されるため許認可も一般に同一法人に残りますが、株主変更、主要株主、役員変更、支配権変更等について届出又は承認が必要となる業種があります。事業譲渡では許認可が当然に承継されない場合があります。
DDでは、許認可証の存在だけでなく、更新状況、条件、行政庁とのやり取り、行政指導、改善命令、過去の違反、変更届出の履行状況まで確認することが重要です。
9 労務DD――未払残業だけではない
労務DDでは、雇用契約、就業規則、賃金規程、賞与、労働時間、時間外労働、固定残業代、管理監督者性、休暇、退職金、社会保険、労働組合、労使協定、懲戒、ハラスメント、退職・解雇、労働紛争等を確認します。
実務上は、未払残業代だけでなく、長時間労働、管理職の誤分類、36協定、裁量労働制、固定残業代制度、未消化休暇、ハラスメント事案、退職者との紛争、重要人材のRetention等が買収価値に影響します。
2026年10月1日からカスタマーハラスメント防止措置が事業主の義務となるため、対象会社が相談体制、方針、被害者保護及び再発防止等の対応を整備しているかも確認対象となり得ます。
10 内部通報・コンプライアンスDD――通報件数ではなく対応の質を見る
内部通報制度については、制度が存在するかだけでなく、誰が窓口となり、通報者情報がどのように管理され、調査が独立性をもって行われ、経営幹部が関係する案件に別ルートがあるかを確認します。
2026年12月1日に施行される改正公益通報者保護法は、フリーランスへの保護拡大、通報妨害及び通報者探索の禁止、一定の解雇・懲戒に関する推定、直罰その他の規律を導入します。対象会社の規程、従事者指定、調査手順、人事運用等が改正法に対応しているかは、今後のDDにおける重要論点です。
贈収賄、カルテル、会計不正、反社会的勢力、マネーロンダリング、輸出管理、消費者表示その他のコンプライアンスについては、過去の違反だけでなく、内部統制及び再発防止の実効性まで確認する必要があります。
11 知的財産DD――対象会社の価値が本当に対象会社に帰属しているか
技術系、コンテンツ、ブランド、ソフトウェアその他の企業では、知的財産が企業価値の中核となります。特許庁も、出資・事業提携・M&Aにおける知財DDについて、権利帰属、ライセンス、紛争、第三者権利侵害リスク及び知財管理等を確認する標準手順を公表しています。
特許、商標、著作権、ソフトウェア、ノウハウ、営業秘密、ドメイン等について、対象会社が権利を保有しているか、従業員・役員・外部委託先から必要な権利移転を受けているか、共同研究契約等に制約がないかを確認します。
第三者ライセンスに依存する事業では、ライセンス期間、地域、用途、サブライセンス、Change of Control、譲渡、解約等の条件を確認する必要があります。
12 IT・サイバーセキュリティDD――システム障害は法務リスクでもある
対象会社がクラウド、SaaS、外部ベンダーその他に大きく依存している場合、IT契約及びシステム構成を確認する必要があります。
重大な情報漏えい、ランサムウェア、脆弱性、アクセス権限管理、バックアップ、BCP、ログ管理、インシデント対応、外部委託先管理等について、過去の事案及び現在の管理水準を確認します。
AIを利用する企業では、生成AIへの秘密情報・個人情報入力、未承認AI、AIエージェントの権限、学習利用、外部AI事業者との契約等も、新たなIT・情報管理DDの対象となっています。
13 個人情報DD――DDそのものにも個人情報保護法が適用される
対象会社が顧客、従業員、会員、ユーザーその他の個人情報を保有する場合、利用目的、プライバシーポリシー、第三者提供、委託、共同利用、外国移転、安全管理、漏えい、本人請求等を確認します。
さらに重要なのは、DDの過程で個人データそのものを買主へ開示する場面です。個人情報保護委員会の通則ガイドラインは、合併、分社化、事業譲渡等による事業承継に伴う個人データ提供について、提供先を第三者と扱わない規律を定めています。
同ガイドラインは、事業承継契約の締結前の交渉段階で相手会社から調査を受けるため個人データを提供する場合についても、この取扱いに該当し得るとした上で、データの利用目的及び取扱方法、漏えい等発生時の措置、交渉不成立時の措置等について安全管理措置を遵守させるために必要な契約を締結することを求めています。
したがって、従業員名簿、顧客データ、苦情記録、通報記録等をデータルームへそのまま格納するのではなく、必要性、匿名化・マスキング、アクセス権限、ダウンロード制限、利用目的、削除義務等を設計する必要があります。
14 2026年改正個人情報保護法――成立済み未施行の制度も区別して確認する
2026年7月17日には改正個人情報保護法が公布されています。主要部分は施行準備期間を経て将来施行されるため、2026年9月24日時点では、現行法と成立済み未施行の改正法を区別して評価する必要があります。
DDでは現在の違法性だけでなく、買収後に施行される制度への対応コストも企業価値へ影響する場合があります。特に大量の個人情報を事業基盤とする会社では、改正法の政令・規則・ガイドライン整備を継続的に確認する必要があります。
15 訴訟・紛争DD――係属案件だけでなく潜在紛争を見る
係属中の訴訟、仲裁、行政調査だけでなく、内容証明、警告書、顧客クレーム、労使紛争、製品事故、知財警告、契約上の重大な不一致等についても確認します。
紛争の評価では、請求額だけでなく、敗訴可能性、事業継続への影響、差止めの可能性、重要顧客との関係、レピュテーション、経営陣の関与等を確認します。
重大紛争については、一般的な表明保証に依存せず、特別補償、Escrow、Holdback、クロージング前和解その他の個別対応を検討することがあります。
16 不動産・環境・製品責任――業種によってDDの中心になる
製造業、不動産、物流、エネルギーその他の事業では、不動産権利関係、賃貸借、土壌汚染、廃棄物、環境法令、建築・消防、設備保守等が重大なリスクとなる場合があります。
製品を販売する企業では、製造物責任、リコール、安全基準、品質保証、重大事故及び保険の内容を確認する必要があります。
これらの分野は専門的技術調査を伴うことがあるため、法務DDだけで結論を出さず、必要に応じて環境、技術、保険その他の専門DDと連携することが重要です。
17 競争法・外為法・業種規制――DDと規制分析を分離しない
M&Aでは、対象会社内部の問題を調べるDDと、取引そのものに適用される規制分析を並行して行う必要があります。
独占禁止法上の企業結合届出、外為法上の対内直接投資審査、金融・通信・医療その他の業種別支配権変更規制等は、取引スケジュール及びクロージングの可否に直接影響します。
特に外国投資家による日本企業買収では、対象会社の事業、重要技術、投資家属性及び最終株主構成等を案件初期から確認し、外為法分析をDDと同時に進めることが重要です。
18 Red Flagの分類――取引中止、価格、契約、是正、PMIに分ける
DDで発見した問題は、その処理方法によって分類すると意思決定がしやすくなります。
事業許可が存在せず合法的な事業継続が困難である、コア技術の権利が第三者に帰属している、重大な不正が継続している等、取引の前提そのものを損なう問題はDeal Breakerとなり得ます。
一方、金額評価が可能な債務は価格調整又は補償、クロージングまでに解消可能な問題はCP又はPre-Closing Covenant、買収後に改善可能な内部統制上の問題はPMI項目として処理することが考えられます。
19 DD結果を価格へ反映する
DDで把握した負債又は将来コストが企業価値へ影響する場合、購入価格の見直しを検討します。
未払残業代、訴訟引当不足、ライセンス取得費用、設備是正費、サイバーセキュリティ改善費等について、合理的な金額を算定できる場合があります。
もっとも、すべてのリスクを価格で処理できるわけではありません。金額が不確定又は重大な法的リスクについては、補償、Escrow、Holdback、CP等との組合せが必要です。
20 DD結果を表明保証へ反映する
一般的なSPAには、株式、財務、契約、許認可、労務、税務、知財、個人情報、訴訟、コンプライアンス等に関する表明保証が置かれます。
しかし、DDで具体的な問題を認識している場合、一般的な表明保証だけでは十分ではありません。開示事項として除外される可能性があるほか、Knowledge Qualifier、Materiality、責任上限、請求期間等によって回収可能性が制約されるからです。
重大な既知リスクについては、特別補償、是正義務又は価格調整等を個別に設計する必要があります。
21 特別補償・Escrow・W&I Insurance――回収可能性まで設計する
特定の訴訟、税務、労務、知財、規制問題等が判明している場合、当該リスクに限定した特別補償を設けることがあります。
また、売主がファンド又はSPVでクロージング後に資産を分配する場合、契約上請求権が存在しても実際に回収できない可能性があります。Escrow、Holdback、保証、親会社保証、W&I Insurance等を検討する理由はここにあります。
DDは責任条項の内容だけでなく、最終的な回収可能性まで含めて契約設計へつなげる必要があります。
22 DD結果をクロージング条件及びPre-Closing Covenantへ反映する
必要な許認可、重要契約の同意、担保解除、知財権移転、特定紛争の解決その他がクロージング前に不可欠である場合、CPとして設定することがあります。
一方、クロージング条件とするほどではないが、売主にクロージング前の是正を求める事項については、Pre-Closing Covenantとして義務付けることが考えられます。
CPを増やし過ぎると取引の不確実性が高まるため、重要性、是正可能性、第三者依存性及び解除権との関係を踏まえて設計する必要があります。
23 DD結果をPMIへ引き継ぐ
法務DDで発見した問題の相当部分は、クロージング時点では完全に解消できません。社内規程、契約管理、個人情報管理、サイバーセキュリティ、知財管理、内部通報、労務管理その他について、買収後に改善することになります。
重要なのは、DD報告書をクロージングと同時に保管して終わらせないことです。PMI項目について担当者、期限、優先度及び完了基準を設定し、実行管理へ引き継ぐ必要があります。
特に海外企業による日本企業買収では、グローバルポリシーをそのまま移植するのではなく、日本法及び日本の雇用実務等に適合させる必要があります。
24 売主側DD・Vendor Due Diligence――売主も準備できる
売主側が事前に対象会社の法務リスクを整理するVendor Due Diligence又はSell-Side Due Diligenceを行うこともあります。
売主側DDは、問題を隠すためのものではなく、潜在的な論点を事前に発見し、権利関係の是正、契約更新、規程整備、許認可届出、紛争整理等を行うことで、買主DDの混乱を減らし、取引確実性を高める目的で利用できます。
特に複数の買主候補を想定するオークション案件では、資料準備と情報開示の効率化にも有用です。
25 生成AIをDDに利用する場合の注意点
近時、契約レビュー、データルーム資料の要約、Q&A整理等に生成AIを利用する例が増えています。
しかし、DD資料には営業秘密、個人情報、M&Aの未公表情報、取引先から受領した秘密情報等が含まれます。利用するAIサービスの学習利用、保存、アクセス権限、国外処理、契約条件等を確認せずに資料を入力することは適切ではありません。
また、AIによる契約条項抽出やRed Flag判定には誤りがあり得るため、最終的な法的評価をAIのみに委ねるべきではありません。効率化にAIを利用する場合でも、情報管理と弁護士による検証を組み込む必要があります。
26 クロスボーダーM&AのDD――日本法をグローバルDDへ統合する
外国企業による日本企業買収では、日本の法務DDをグローバルDDの一部として設計する必要があります。
海外本社、外国弁護士、FA、会計士、税理士その他の専門家間で、重要性基準、報告形式、Red Flagの定義、Q&Aの責任分担及び報告期限を揃えることが重要です。
日本法固有の労働法制、許認可、個人情報保護、外為法、公開買付制度等について、海外本社へ「日本ではなぜ問題となるのか」を意思決定可能な形で説明することも、日本側リーガルアドバイザーの重要な役割です。
27 SAKURA法律事務所が考える法務デューデリジェンス
SAKURA法律事務所及び代表弁護士 道下剣志郎は、法務デューデリジェンスを「問題点を探すための調査」ではなく、「投資判断とM&A契約を設計するための情報基盤」と位置付けています。
重要なのは、資料を大量に読むことではなく、対象会社の事業価値を理解した上で、その価値を支える契約、許認可、人材、知的財産、データ、技術その他の要素を特定し、どこに重大な法的リスクが存在するかを見極めることです。
そして、発見した論点を、価格、表明保証、特別補償、クロージング条件、クロージング前是正又はPMIへ具体的に変換して初めて、DDは取引上の価値を持ちます。
SAKURA法律事務所では、M&A、企業法務、国際取引、AI・IT、個人情報、知的財産、労務、危機管理その他の企業法務分野を横断し、日本企業及び外国企業のM&Aにおける法務DDから契約交渉、規制対応、クロージング及びPMIまで一貫した支援を行っています。
28 よくあるご質問
Q1 法務デューデリジェンスでは、どこまで資料を確認すれば十分ですか。
一律の答えはありません。対象会社の事業、企業価値、取引ストラクチャー及び買収目的から重要分野を特定し、定量的・定性的な重要性基準に基づいてスコープを設計します。
Q2 法務DDで問題が見つかった場合、M&Aは中止すべきですか。
直ちに中止すべきとは限りません。Deal Breakerなのか、価格調整、補償、CP、クロージング前是正又はPMIで管理できる問題なのかを区別する必要があります。
Q3 SPAに表明保証があれば、DDは簡略化できますか。
一般には推奨されません。表明保証には開示、責任上限、請求期間、Knowledge Qualifier等の制約があり、売主の資力によっては回収できないこともあります。DDと契約保護は補完関係にあります。
Q4 個人情報をデータルームで買主へ開示してもよいですか。
事業承継に関するDDの文脈では、個人情報保護委員会のガイドラインが契約締結前の調査段階について一定の取扱いを示しています。ただし、利用目的、取扱方法、漏えい時及び交渉不成立時の措置等を含む安全管理上の契約設計が必要です。
Q5 重要契約にChange of Control条項がある場合、どうすべきですか。
対象契約の重要性に応じ、相手方同意をクロージング条件とする、売主へ同意取得義務を課す、代替契約を準備する、価格へ反映する等を検討します。
Q6 未払残業代が見つかった場合、どのようにM&A契約へ反映しますか。
想定債務額を試算し、価格調整、特別補償、Escrow等を検討します。同時に、買収後の労務管理是正をPMIへ組み込む必要があります。
Q7 法務DDではサイバーセキュリティも確認しますか。
はい。重大な情報漏えい、ランサムウェア、アクセス権限、委託先管理、バックアップ、インシデント対応等は企業価値へ重大な影響を与えるため、IT・セキュリティDDと連携して確認することが重要です。
Q8 スタートアップM&Aでは何を重点的に確認すべきですか。
資本政策、新株予約権、投資契約、株主間契約、知財権帰属、創業者・キーパーソン、ストックオプション、データ・AI利用、主要顧客、資金調達契約等が特に重要になりやすいです。
Q9 売主側も法務DDを行うべきですか。
案件によっては有効です。事前に法的問題を発見・是正し、資料を整理することで、買主DDを円滑化し、取引確実性を高めることができます。
Q10 外国企業が日本企業を買収する場合、通常のDD以外に何を確認すべきですか。
外為法、企業結合審査、許認可、上場会社であれば公開買付制度等の取引規制を案件初期から並行して確認する必要があります。日本法固有の労務・個人情報等について海外本社向けの説明も重要です。
29 代表弁護士 道下剣志郎「Legal Update」について
SAKURA法律事務所では、代表弁護士 道下剣志郎のプロフィールページにおいて「Legal Update」を継続的に公開し、M&A、企業法務、国際取引、AI・IT、個人情報、知的財産、危機管理、労働、公益通報、Web3・金融規制その他、企業経営に重要な法的テーマについて情報を発信しています。
第14弾となる本稿は、第11弾「2027年施行 改正外為法と対内直接投資審査」、第12弾「Doing Business in Japan 2026」、第13弾「外国企業が日本企業を買収する際のM&A法務」に続き、M&A実務の中核である法務デューデリジェンスを体系的に整理するものです。
今後も、株式譲渡契約、表明保証、国際訴訟、外国判決の承認・執行、国際仲裁その他のテーマについて順次Legal Updateを公開する予定です。
30 M&A・法務デューデリジェンスに関してご相談いただける事項
SAKURA法律事務所では、日本企業及び外国企業のM&Aについて、買主側・売主側の法務デューデリジェンス、Vendor Due Diligence、DDスコープ及び資料リストの設計、データルーム・Q&A対応、Red Flag分析、株式譲渡契約その他の最終契約への反映、外為法・競争法・業法対応、クロージング及びPMIまで一貫したリーガルサポートを行っています。
クロスボーダー案件については、海外本社、General Counsel、M&A担当者、投資委員会、海外法律事務所、FA、会計士・税理士等と連携し、日本法上の論点をグローバルな案件工程へ組み込む支援も行っています。
買収対象会社が特定されていない初期段階、LOI締結前の段階又はDDのスコープ設計段階からのご相談も可能です。
31 お問い合わせ
M&A、法務デューデリジェンス、株式譲渡契約、外為法、企業結合審査、クロスボーダー取引その他の企業法務・国際法務に関するご相談は、SAKURA法律事務所までお問い合わせください。
お問い合わせの際には、ご相談内容に「M&A・法務デューデリジェンスに関する相談」とご記載いただけますと、担当弁護士へのご案内が円滑です。
SAKURA法律事務所
代表弁護士 道下 剣志郎
〒106-0032 東京都港区六本木一丁目4番5号 アークヒルズサウスタワー4F
電話 03-6910-0692
本記事の執筆・監修
SAKURA法律事務所
代表弁護士 道下 剣志郎
主な参考資料
特許庁「知財デュー・デリジェンスの標準手順書 SKIPDD」
個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」
厚生労働省「令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について」及びカスタマーハラスメント防止関連資料
財務省「対内直接投資審査制度」及び2026年改正外為法関連資料
※本記事は、2026年9月24日時点における法令、公的資料及び一般的なM&A実務を基礎として、一般的な法的情報を提供することを目的とするものです。個別具体的なM&A案件について法的助言又は法律上の結論を示すものではありません。法務デューデリジェンスの範囲、重要性基準、調査手法、SPAへの反映、許認可・外為法・競争法その他の規制対応は、対象会社の事業、規模、上場・非上場、取引ストラクチャー、買主属性、取得割合、適用業法、案件スケジュールその他の事実関係によって異なります。また、2026年成立済みの改正法には未施行のものが含まれます。具体的案件については、取引時点で有効な法令・政省令・ガイドライン及び最新の公的資料を確認した上で個別に検討する必要があります。